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年末の沖縄旅行は、基地祭りと首里城巡礼の旅 [イベント]

さあ、いよいよ師走に突入して、今年も残すところわずかになりました。
この期に及んでですが。12月7日から9日まで、沖縄に行き、那覇基地で「2019美ら海エアショー」を12月8日を見てきました。
自分はANAカードで、生活費でマイルが溜まる会員になっていますが、今年も主に自転車部品を無駄にポチポチした結果、たっぷりマイルが溜まり(苦笑)、年間失効分のマイルが勿体ないので、年末に飛行機で旅行をしますが、今年はホテルもマイルで予約したので、旅行代としては羽田までの電車賃と食事代だけの、リーズナブルな旅行になっています。

さて、7日JR宇都宮線で「東京上野ライン」の熱海行普通列車で品川まで向かいます。
乗り換え一回で「京浜急行羽田行」に乗ればよいので、随分便利になりました。
とはいえこの日の関東地方は冷たい雨の降る天気で、那覇空港行の飛行機に乗るころの羽田はこんな感じでした。
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15分遅れでようやく動き出し、厚い雲を上昇して巡航高度に上がってようやく青空が見えます。
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この日は降下するまで雲の上で、地表も海面も一切見えませんでした。

一泊して翌日の8日が那覇基地祭り、「美ら海エアフェスタ」当日になります。
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さあ、基地祭り見学モードに変身して気合を入れますが、動きやすいように自転車用のショートパンツとジャージの上着に、アウトドア用のベストとブルーインパルスのキャップと、小林さんいわく「設定過剰でもう解んない」装いになっています(苦笑)
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エアショーは10:00からですが、自分は混雑を避けて8:30頃に現地に付きますが、他の基地際と違って、ここ那覇は正門外のフェンス沿いに並んでいても時間まではきっちりゲートが開きません。
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先週の百里とはえらい違いですが、それがセキュリティの為なのか、ノンビリしている「沖縄時間」のためなのかは分かりませんですが、ここは慌てても仕方がりません。

10時10分前に開場して基地に入ります。
並んでいた時から流れていた沖縄音楽の演奏と踊りでお出迎えです。

この動画はいつも使う防水のRICOH(旧PENTAAX)WG4のコンデジで撮りました。

久しぶりに一番槍で基地に入れたので、最前列でも狙って撮影したい所ですが、ここは慌てずにまず混まないうちにトイレを済ませておきます。
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うーん余裕がありますが、伊達にこんなことを30年近くもやってはいませんよ(笑)

この日は北風は強かったものの、前日までの予報に反して朝から良い天気です。
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何時もの件ですが、きっと自分以外の誰かの「日頃の行い」が良かったのでしょう(笑)

既にコクピット展示などをしている機体にみなさん並び始めました。
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自分は11時からスクランブル(緊急発進)の実演があるので、該当する機体を真横で見られる場所を確保して、そこでノンビリ時間が来るまで待ちます。
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何時も見慣れたF15Jですが、流石に最近古びた感じは否めないですねぇ。
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ただ飛行機としてみると、癖のないクリーンでスッキリとした外観は嫌いではありません。
しかも本国アメリカでは「F15X」という最新のバージョンが生産されるそうで、まだまだしばらくは現役で頑張ってもらうようです。

此処で一時間座って待ちますが、那覇基地が退屈しないのは、官民両用の飛行場で、常に民間機の離発着が途切れないからです。
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一番最初に来たころは、JALとANAと、当時のJASが中心で、あとは離島便のコミューターの小型機ばかりでノンビリした地方空港でしたが、最近はLCC便や海外(殆ど中国と台湾だったような)便がひっきりなしに離発着しており、トラフィクスが混雑しているようで、実際そのせいで定刻通りの運用が難しくなっていて、今回も往復でかなりの遅れが出ていました。
来年には沖合の第2滑走路が使えるそうで、幾分混雑も緩和されるでしょう。

いよいよF15のスクランブルの実演が始まりました。

これはPanasonicのLUMIX DC-FZ85の動画機能で撮影したもので、本来4k動画で撮れますが、PC向けでブログに載せる為にHDモードで撮ったものです。
当日は風が強かったですが、思ったより音も良く取れいて、十分実用的な画質ですね。

後ろにいた早期警戒機のE2Cホークアイもエンジンがかかり、折りたたんだ主翼を展開して待機していましたが、先に動き出します。
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本来スクランブルは「5分待機」と言って、5分以内に巡航高度に到達しなければいけないのですが、動き出す気配がありません。
すると後ろで「ソラシドエア」の737が降りてきたりと、あくまで定期便のトラフィクスが優先されています。
まあこれはあくまで演習だからで、実際本物のスクランブルなら自分も体験しましたが、ランウェイに出たあと、急に待機指示で待たされたと思ったら、その横を当時のF4EJがフルバーナーで飛び立っていったことがありました。

しばらくしてようやくF15も動き出します。
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やや間延びしましたが、ようやく全開で離陸します。
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E2Cも飛んでいきます。
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787が通りますが、流石に最新の機体でスッキリしていて、何よりエンジンの音が静かでしたね。
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まだ乗ったことがないんですよね。

哨戒機のP3Cも出ます。
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飛び上がった後は各々の機体との編隊飛行が有りました。
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E2CもP3Cも元来海軍機で、空軍機との編隊飛行は珍しいと思いますが、ここ那覇基地ならではです。

那覇空港は北側が那覇港で、時頼船舶の往来も見えます。
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フェリーですかね。

チャイナエアラインのA350 ですかね
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いつも思うのですが、エアバスに限らず、ヨーロッパ製の機体は、フランスやイタリアの「血が濃い」系列だと、ラインが優雅になりますね。
その点アメリカ製は色気が乏しく、これがイギリス製だと更に機能優先の無骨さがあり、ドイツ製になると完全に合理的一点張りの「機械モノ」の雰囲気が出るのが面白いです。

人気の「ジンベイザメ」塗装機も来ています。
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飛行展示も一息ついたので、基地内をうろつくことにします。
なんと先週百里基地でみた、F4EJとRF4Eも展示されています。
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おそらく翌週行われる「宮崎基地祭」も含めての「さよなら興行」なのでしょう。

これは20㎜バルカン砲の対空砲です。
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有人操作で、射手には防弾板さえ装備されない「丸裸」で戦闘をさせるところが、なんとも日本的と言えるところですね。
せめて破片防御のシールドくらいは欲しいところです。

このF2は北九州の築城からきたのでしょうか。
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13:00ごろになってそろそろお昼でもと思いましたが、何処の屋台も長蛇の列で、食べ物は諦めて、泡盛のロックをダブルで頂きます。
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いやー、不謹慎ですが、泡盛飲みながら見る戦闘機は格別です。
泡盛も本当においしくて、自制心が働いてなければ、あと3杯は行けましたが(苦笑)

そろそろ午後の日差しに変わっていきます。
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気温は20℃くらいで、風はやや冷たいですが、北関東の晩秋のころの程度で過ごしやすいです。
地元は朝になると氷が貼っているんですけどねぇ(笑)

さあ午後の飛行展示再開です
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ランウィがやや遠いのと、定期便の合間を縫って侵入しての機動でしたので、やや迫力に欠けますが、気持ちが良いでしたね。

さて飛行展示も終わり、基地祭りもそろそろ終了ですが、最後に「生きた姿の最後のファントム」とお別れしてきます。
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退役前のファントムを見るのはおそらくこれが本当に最後になると思うと悲しくなります。
あとは基地の入り口で「ゲートガード」として、装備をすべて外した「ガランドウ」の形で、余生を送る姿しか見られないでしょう。

結局久々に最初から最後まで基地にいましたが、あちこち動き回らずとも、時にはノンビリ芝生に腰を下ろして休んだりして民間機をボンヤリ眺めたり、ゆっくり流れる時間に身を任せて雰囲気を味わうだけで、十分楽しめる基地祭りでした。

さて翌日は午後の便で羽田に帰りますが、午前中は何時ものように「首里城」に向かいました。
ゆいレールに揺られて首里駅で降りて歩いて向かいますが、流石に何度も来ているのでこの辺りの大まかな地理を覚えてしまい、あまり迷わず歩けます。

大通りから観光客の列についていき横に入ると首里城の城壁に行く道があります。
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この道で山を登って行くと城壁に辿り着きます。
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此処は首里城の北側の城壁のところで、北回りで正面に向かいます。

観光客に開放しているところはここまでで、城壁の中は立ち入り禁止になっています。
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栃木県人の自分が言うのも恐縮なのですが、やはり首里城は単なる「歴史的建造物」というより、沖縄人の心の象徴ともいえる存在だと思います。
危機管理の仕事をしている人間から見ると「何故火災が発生して、此処まで被害が大きくなったのか」も含めて、あり方についてももう一度良く考えて、是非再建してほしいと思いまいました。
再建資金の募金なども、「ふるさと納税」なども含めて考えて、振り込もうかなとも考えましたが、ただお金を送るだけなのは何か違う気がして、居ても立ってもいられず現地に来て、本当に些少ながら現地の商店で募金をさせていただきました。

現地は流石に観光客も少ないだろうと思っていたら、ツアー客が満員状態で、あちこちから中国語が聞こえてきましたから、おそらく中国本土か台湾からのツアーが盛り上がっていたようです。
蛇足ですが、別に悪意はありませんが、最近何処でも聞こえてくる「ハングル」の声は今回一切聞こえてきませんでした。
おそらく日韓関係の悪化が原因でしょうけど、ここまで見事に居ないというのも驚きました。
もちろん沖縄はどちらかというと「台湾」からの観光客が多かったところと聞いていますが、そういえば空港でも韓国のエアラインを見た記憶がなく、ほぼ完全に気配がなかったようです。
その代わりに「空いた隙間」はほとんど中国系が変わって入り込んでいて、これで定着してしまうようだと、日韓関係が将来仮にある程度改善されても「覆水盆に返らず」で、もう昔のような経済関係は望めないのでは?と思ってしまいました。

さて今回の旅の目的の一つである「泡盛の買い付け」の為に首里城を離れて市街地に下って行きます。
途中の道には、湧水が出ているところがあります。
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ここ首里城付近は昔から水が豊富で、それでここで泡盛の醸造が盛んに行われたそうです。

古い城壁の跡でしょうか?
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現在見る事の出来る石畳や城壁はほとんど戦後に復元されたもので、終戦前の「沖縄上陸戦」の艦砲射撃と爆撃で、昔からのモノはほとんど粉々に粉砕されてしまったそうです。

泡盛はここ「瑞泉」さんで購入します。
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此処での「蔵出し」の限定酒等を試飲するのが楽しみで、レンタカーも借りず、大好きな自転車にも乗らず、絶対に歩いて来るんですから!(笑)
今回度数50度の「原酒」も頂きましたが、やはり加水しない原酒は、流石にアルコールが堪えますが、風味が強く本当の泡盛を味わえる感じです。
生意気なことを言っていますが、まあ年々少しずつ味が解ってくるようになりました。
しかしこうなると「酒飲み」として、もう後戻り出来ないでしょうね(苦笑)

さあ帰ろうと・・・・、あっ!そういえば「ゴーヤチャンプル」食べていないぞ(笑)
という事で近くにある「ななほし食堂」でお昼をいただきます。
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ここの売りは「ゆし豆腐」です
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ゴーヤチャンプル定食で、ライスを抜いてもらって味噌汁の代わりにゆし豆腐にしてもらいます。
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沖縄の食堂はどこに行っても「盛り」がよいですね!
しかし、最近ゴーヤの渋みが美味しさに変換されてきたのは嬉しいですね。
なんかすっかり食べ物もこちらの地の物が、年々馴染んできて、暖かいこともあり本当にこちらに住みたいと考えてしまいますね。

さて2泊3日の沖縄旅行をもって、今年のすべてのイベントの予定が終了しました。
歳をとると本当に1年が早いといいますが、自分の場合周辺でいろいろと「ゴタゴタ」が多すぎて、その対応も含めて「時間は長く感じるけど、過ぎてしまえば短い一年」という、何とも慌ただしい年を送ってしまったようです。
まあ自分の場合常々「持っている」人間と言っておりますが、最近その星回りの悪さに磨きがかかってきているようなので(苦笑)、本当は心穏やかに年末年始を送って、来年は静かな年を送りたい・・・・とはいかないんでしょうね(苦笑)
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久々のロングツーリングは百里基地祭りへ「さよならF4ファントム」 [イベント]

自分が中学生の頃・・・既に40年前になりますが、夢中で見ていた漫画で、当時としては唯一とも言える、航空自衛隊百里基地を舞台とした、隊員の活躍を描いた「フアントム無頼」という漫画がありました。
自分の飛行機、特に戦闘機好きを決定的にしてくれた「バイブル」のような漫画で、この作画を担当した「新谷かおる」氏の代表作である、中東の傭兵の航空戦を描いた氏の代表作である「エリア88」とともに、自分の人生に大きく影響を与えた存在でした。

さて、この漫画の時代である昭和50年代前半は、日本は「東西冷戦」の真っ只中の時代で、その防空の中核を担う戦闘機が「ボーイング(当時は買収前のマクドネルダグラス)F4EJファントム」で、次期主力戦闘機として「F15イーグル」戦闘機が選定された頃でした。
じつはこの漫画の中でもその話が描かれていて、最前線の防空戦闘任務で、首都東京の防空を担う戦闘機としては「主役交代」が認識されていました。

しかし、その後の世界情勢の変化、後継機の選定の混迷や、アメリカの横槍などもあり、主力戦闘機の世代交代に失敗し、「戦闘爆撃機」として搭載電子機器を一新してなんとか余命をつないでいたF4でしたが、今度は主な驚異が北方のソビエト連邦から、中国に変化して、今までの「北方重視」から、いきなり南西地域が最前線となり、もはや旧式化したとは言え、主力のF15の機体と要員が沖縄の那覇基地に優先配備された都合で、なんと最も旧式で、原型初飛行から60年以上立つF4が代わりに茨城県百里基地に集められて、首都防衛の任に就いていました。

皮肉なことに、40年前に戦略爆撃機としてソビエトで使われていて、日本の防空識別圏を南から伊豆諸島沿いに東京に向かって進行する、通称「東京急行」の威嚇飛行で使われていたプロペラエンジン(ジェットタービンですが)の爆撃機「ツポレフTu95ベア」を改良して「哨戒機」として使われていた機体が、再び「東京急行」の威嚇飛行を行い、それを百里のF4が「スクランブル」で上がっていくという、まさし「ファントム無頼」で描かれていた劇中の日常が再現されたという「珍事」も発生したりしていました。

しかし、最新鋭の「ロッキードF35AライトニングⅡ」戦闘機が、まずマザースコードロン(運用を確立して、機種転換訓練でパイロットを育成する)として、青森県三沢基地に発足して、百里基地の302飛行隊も三沢でF35の部隊に「機種変換」されるので、そこで運用していた支援戦闘機の「三菱F2」戦闘機が来るということで、偵察型の「RF4E」とともに、今年度で「運用終了」ということになり、日本のファントムは姿を消すことになりました。

と、例によって無駄に長い前置きはともかく、12月1日に茨城県小美玉市の茨城空港、もとい航空自衛隊百里基地で開催される「2019年百里基地祭」が、事実上の「F4ファントムの一般公開でのラストフライト」ということで、これはいかなる事情があろうとも訪れることにしました。

まあこの百里基地祭は、首都圏に近い基地であることや、アラート任務・・・防空識別圏に接近してくる国籍不明機に対する「スクランブル」をかける「首都防空」をになっていることもあり、人気の基地祭であり、近年ものすごく混雑するのが通例になっており、「気楽に自動車で見に行く」訳にはいかないので、最近は近場に車を止めて、自転車で基地に入ることが恒例になっていました。

自分の場合往復で約170Km程度であれば、自転車での行動圏内であり、ただ往復するだけなら冬場の今でも問題はありませんが、航空祭は広い基地内を何Kmも一日中歩き回るので、今回は現地で一泊して泊まりがけのツーリングで行くことにしました。
えーと、たしか自転車のイベントは終わったとか言っていましたっけね(苦笑)

11月30日はある程度気温が上がった頃の9:45に自宅を出発しました。
この日は雲一つない快晴で、おまけに今年一番の寒さでしたので、バイクもウェア類もほぼ真冬装備で出かけます。
コースは何時もの筑波行きのコースで岩瀬駅まで行き、そこから筑波山の東側を横切り石岡市から小美玉市に東進するコースを設定してありますので、まず百里基地に行き、宿泊は石岡市街地に決めました。
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しかし本当にこの日は真冬の寒さで、山が綺麗に見えます。
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バイクは今シーズン初めての「パナチタン」で、真冬用のハンドルカバーや、ツーリング用のフレームバック、SPDペダルなどを装備します。
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基本的な整備は春先に保管する時に済ませてあるので、問題なく順調に走ります。
というか「パナチタンは、こんなに軽く走ったかな?」という印象で、おそらくお泊まりセット含めて装備品の合計重量でも、春先の体重まで行かない位ダイエットが進んだ恩恵のようです。

寒さはともかく、真冬のロングライドの秘訣は、とにかく「汗をかいて冷えない」ことが肝心で、ウエアの選択や、走るペースなどを調整して、「温まるけど汗をかかない」抑えた走りが重要になります。
大体MAX25km/h程度で、AV20km/h程度でのんびり走り、山登りはひたすら「インナーロー」で汗をかかず、足の消耗を抑えて現地に向かいます。
だいたい4時間30分ほどでまず、茨城空港側に到着です。
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この日は前日の予行演習で、本番と同じスケジュールで何かが飛んでいるはずで、基地に近づいた頃に、「ドドーン!」という、爆音・・・この音はF4ファントムのエンジン、J79IHI17のアフターバーナーの轟音が響いてきました。
さすがに今や唯一の「戦闘機用ターボジェット」エンジンの音は迫力があります。
地元住民にとってはひたすら迷惑でしょうが・・・・

さて今回はこの基地際の飛行する様子を取るために、新兵器を投入しました。
持ち運びができるコンデジで、超望遠でAFや手振れ機能の優れているパナソニックの「DC-FZ85」を購入して、今回このカメラの「慣熟」も目的の一つとなります。
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既に型遅れの旧式で、実売価格が3万円程度で、電池の持ちもよくUSBで本体に充電できるなど、一眼レフのように、かさばる交換レンズも不要で、これ一つもって一日撮影もできますし、この機種は動画で「4k撮影」もできるので、自転車でバックに入れて移動しながら撮影するのにはもってこいの機種です。

実のところこのカメラは購入してから一度も使ったことがなく、説明書すらろくに読んでいないという、あまりにアバウトなことをしていますが、昔からカメラを使っていた人で、最近もデジカメに接していれば、なんとなく無難に使える操作性があり、「あーでもない、こーでもない」と弄りながら機能を覚えて、実戦で撮影しながら覚えるのが自分のやり方になります。

いや久しぶりに「高機動する戦闘機」を撮影したので、コツを忘れていたこともあり、ろくなショットが撮れません。
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おおむね予行練習の飛行も終わったのでそろそろ終わりにしますか。
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しかし飛行機好きの人はこんなにいたのか?というほど、茨城空港隣接の公園にたくさんの人がいました。
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こんなバイクも来ています。
しかし、明日はかなり混みそうですね。
ファントムのラストフライトとのことで、外国からも見に来る人が多いことが予想され、近くのコンビニにも、おそらく成田空港で借りたレンタカーで来たと思われる、欧米人のグループなんかも見られました。

この日の宿は、約20㎞西にある「石岡市」のビジネスホテルを予約してありますが、明日の朝の予行もかねて、自転車のルートを確認します。
国道沿いに走れば簡単なのですが、当日ものすごく混雑するので危険だった事を考慮して、郊外のわき道をコースに選択して、ガーミンのMapに入れてあります。
以前石岡駅から折り畳み自転車で百里を目指したとき、道に迷って遅れてしまったと時の反省です。
まあそのあとも自転車で何回か周辺を走ってたので、なんとなくこの周辺の地理や地形の特徴が分かっていたので、順調に走れるようになりました。

ホテルには16時ごろ到着しました。
仕事の疲れとツーリングの疲れで、夕食を早めにとって、ホテルの大浴場で体をほぐして、コンビニで買ってきた「黒霧島」のお湯割りを飲んだらあっという間に気を失ってしまいました(笑)。
翌朝は6:30にホテルの朝食をとって、7:00に出発です。
大きい道だと危ないので、裏道をつなげて百里基地に向かいます。
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基地周辺は、事前に別の特設駐車場を用意(大洗海岸)などのアナウンスが効いていたのか、車の渋滞はなくスムーズに基地まで行けましたが、なぜか自転車は遠くのほうに駐輪場が離されていて、正面玄関までずいぶん歩かされました。
基地際は基本的にかなり歩くことを前提で臨んでいるとはいえ、若干気に入りません(笑)

正面ゲートから入場すると、「ゲートガード」と呼ばれる、過去に使われた機体が置いてあります。
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これはロッキードF104スターファイターですね。
最後の「有人戦闘機」と呼ばれた超音速戦闘機です。

これは「F85Dセイバードック」と呼ばれる珍しい機体です。
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朝鮮戦争の主役戦闘機「F86セイバー」を元に、火器管制レーダーとアフターバーナー装備のエンジンを装備した迎撃機(インターセプター)で、一応夜間でも悪天候でも迎撃ができる「全天候戦闘機」となっていますが、目視外射程のレーダー誘導ミサイルは装備せず、なんと70mmロケット弾「マイティマウス」を計算した方向に一斉に何十発もぶち込むという、凶悪な戦闘機でした。
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入場は、手荷物検査が結構手間がかかるので並んで待たされます。
この辺りは「米軍」は手慣れたもので、空港のゲートの様なX線の検査装置と金属探知機を駆使して手際よく観客をさばいていきます。
その間に「天候偵察飛行」で、F4ファントムが飛び立ちます。
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こいつの轟音を聞いていると、自然と口元が緩んでワクワクしてきます。

本日の天気は基本「曇り」の予報です。
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まあ撮影には向かない天候ですね。

でもそれなりに見るものはたくさんあります。
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最近の基地祭は昔に比べれば参加する機数や規模は縮小傾向にあるようで、昔は他の基地の機体や米軍なども飛来してきましたが、まあ本日はF4が主役ですので問題はありません。
いわいる「スペシャルマーキング」という特別のペイントを施したF4に多くの観客が群がってます。
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またここ百里は茨城空港でもあるので、民間機の理発着もあり、スターフライヤーの737がアプローチしてきました。
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本日はあくまでF4がメインです。
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救難飛行隊も頑張っています。
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ここで自分は基地外に出て帰路の準備に入ります。
滑走路の北端でF15の機動飛行を見ます。
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流石にパワーが違うので迫力が違いますが、これでも既に旧世代の機体になってしまいました。

ちなみに最新鋭のF35は、機動性能に関しては旧世代の機体に敵わないことが、巷では問題とされてるようです。
F35の場合、機体の運動性能云々を求めたものではなく、「ウェポンネットワークの中核」としての能力が旧来の機体では「絶対にマネの出来ない芸当」としての価値がある「玩具」です(笑)。
玩具と称したのは、「この手の能書き」が実戦で大活躍することが過去の「戦歴」では珍しいことで、大体の戦闘は「不意」に「想定外」で「思いがけない方法」で「古典的な確立された手段」が結局役に立つというのが「セオリー」だからです。
市販の電気製品のように買ったから直ぐに使えるという物ではなく、「戦力」にするためには搭載兵器との適合や戦術の確立なども含めて、長い時間と弛まぬ訓練が必要になるのです。

さてこの後は「ブルーインパルス」の飛行ですが、本日の天候と雲の高さから、高さを使った「縦系」演技はできないでしょうから、今回は見送ることにします。
そういえば空中で軌跡を描く「スモーク」ですが、本当に久しぶりに「カラー」が復活するそうで、おそらく松島基地の訓練では、「5輪の輪」を描く姿が近々見られそうですね。

さて11:00にここを出れば、どんなにのんびり走っても日没までには帰宅できるという計算です。
帰路は基本的に往路をなぞるように帰りますが、さすがに先日の疲れと、本日歩き回った影響で、体力も脚の消耗もかなりのものになっていました。
たまらず、ドラッグストアで、エアーサロンパスと栄養剤を買って応急処置を施します。
基本的に風はなく気温も上がってきたので走りやすいはずですが、反対にかいてはいけない汗をかいてしまい、体が冷えてしまいました。

途中でコンビニにより数度の補給と給水を行いますが、岩瀬からいつもの山を越えて「ましこ道の駅」についたときは完全にヘロヘロになっていました。
いつもいるお店で「大人のモンブラン」ジェラードをいただいて、栄養補給をします。
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濃厚な甘みと栗のコクがズシッと舌に響きますが、コヒーとの相性も良くこの甘さが助かりました。

何とか16時頃には自宅に戻れましたが、2日がけとはいえ久々の長距離でしたし、荷物を背負ってのほぼ真冬のライドは、結構身体に堪えました。
ログを見るとなんとなく分かります。
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やはり冬場は寒さに体を順応させるために、かなりのエネルギーを使うのと、ウェア類の重さと抵抗が響いて疲労感が強いのですが、この程度の寒さは慣れておかないと「北関東の冬ライド」を乗り越えられないので、今回はよい予行となりました。

あれれ?、百里基地祭の話だったはずですが、やっぱり自転車ネタになってしまいましたね(苦笑)

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古いFELT Z25を、グラベルロード風通勤車に [自転車本体]

今年の自転車イベントもすべて終了して、気が抜けたというか全身脱力感が強く、あとは温泉でも入ってのんびりしたい所ですが、やることがいろいろあります。
まず、1年間自転車を積んで日本中を回ってくれた自家用車を、「2人乗り自転車搬送仕様」から「5人乗り乗用車」に戻します。
後部座席を倒して、カバーした上に「ミノウラ」のローラーマットをひいて、フラットにして自転車や荷物を運んでいました。

午前中は車内の掃除や、緊急時の装備品・・・自分は車の中で3日は滞在できるだけの装備を載せているので、その整理もします。
しかし、実際夜は寝袋や毛布にくるまれて寝て、お湯を沸かしてアルファ米と缶詰の朝食をとるなんてことに成らなければいいんですがねぇ(苦笑)

さて午後は買い物と、冬の間に使う自転車の整備です。
週末のツーリングはここ何年か「パナチタン」の出番ですが、今回自分が最初に買った古いFELT Z25を活用することにしました。
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Z25は、マドン6の就役と共にお役御免とフレームだけになっていましたが、余ったパーツを利用して走れるようにして、これでブルべの400kmも走りました。

流石に11年前の今風でいうコンフォート向きのロードですから、他のラインナップとの性能差が著しくなり、正直持て余していたのですが、今回シマノのWH6800 にブロックパターンのグラベルキングを組んだセットが有ったので、それを組み込んで、今流行りの「グラベルロード」風の仕立てにして、通勤用のバイクにすることにしました。

因みに自分は「通勤にはロードバイクは使わない」と言っていますが、その理由は「事故を起こさないためのリスクの低減」で、ロードバイクだとどうしても速度を「出したくなる」のですが、これは国土交通省の分析データではっきりしているのですが、各種事故は時速30km/hを越えると急激に死亡率が上昇するそうで、これは自分の感覚とおなじで、「公道では自転車は30km/h以上は出さない方が良い」は、皆さんも是非考えてみてください。
このZ25は、ブロックタイヤで走行抵抗も増えているので、今の根性なしの自分では間違っても30km/h以上では走れないでしょうね(笑)

さてスプロケも32Tを組み替えて使います。
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ギア比も「ローギア」にしてありますから、速度は自然と下がります。

ブレーキは流石に性能が見劣りしすぎるので、シューを替えるだけでなく、舟ごと「RB6700」の新品に変更しました。
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FELTのブレーキは古い世代のワイドタイヤ用の無名のモノで、これだけ使っていれば何の不満も感じなかったのですが、流石に最新式のRB9100とか、ディスクブレーキとか使うと、一番その差を感じる部品でした。
これでもダメなら、真剣にキャリパーの交換を考えるようですね。

もともとブルべ用にフロントバックや大型のサドルバックをつけていて搭載能力も十分で、工具や雨具などを入れっぱなしにしておくこともできます。
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ペダルもMTB用のSPDで、歩けるシューズを使えるので、通勤のほかに近距離のノンビリツーリングや旅先の脚にも使えると思います。



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2019セオフェスで2時間エンデユーロ参加で、今年は終了 [イベント]

しかし、自分は「エンデューロレース」というと、必ず天候が崩れます。
何をいまさらではありますが(苦笑)
今週末はやはり今年一年の天候を締めくくるように、なんと12月も近いというのに「台風27号」の間接的な影響を受けて、関東地方は土日とも大雨になりました。

普通の神経の人は「雨が振って寒い中自転車なんか乗りたくない!」が、当たり前なんですが、自分は口では「気が重いなぁ」とか「リスクがあるからDNSか」なんて弱気を吐いておきながら、嬉々として雨天走行の準備をしながら内心楽しみで仕方がないというのは、もはや「お医者様でも草津の湯でも」治らない類の人間になってしまいました(笑)。

さて自分はレースと名のつくものは久しぶりです。
自分のブログで調べたら、2016年の「霞ヶ浦エンデューロ」に参加したのが最後で、単独で2時間とはいえサーキットを走るのは本当に久しぶりです。
当然レース向きの練習・・・・心肺機能を鍛えるとか、連続の負荷に耐える脚質に仕立てるとかは一切していませんから、おそらく「ちょっとペースが速いツーリング」が関の山でしょう。

自宅を3:30に出かけて、役時間後に房総半島の千葉県館山市の東側内陸部にある、袖ヶ浦市のサーキット「袖ヶ浦フォレストウェイ」に6時ごろ到着です。
気温は11度からピクリとも上がりませんし、北寄りの冷たい風が横殴りの風雨になって体を冷やしていきます。
装備としては冬や初春の雨のブルべ並みのモノを用意してきましたから、特に寒くて走れないとかはありませんが、完全に戦意は下がりっぱなしになります。
流石に「DNS」が頭をよぎりますが、周りの参加者が臆せず会場に向かっているのを見ると、自分だけが怖気づくわけにはいきません。

今回単独の参加で、ピットの用意とかはしていませんから、出走手続きだけ早めに済ませて、あとはギリギリまで車にいて体を温めておきました。
とはいえ時間ですので準備をしてピットに向かいます。
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しかし、だんだん風が強くなってきて身体の芯から冷えてくることもアリ、主催者側の配慮で開会式や説明もピットの中で良いとのことで、8:20のギリギリまでコースインも延ばされました。
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本日の相棒はターマックで、サーキット走行用にノーマルクランクと、11T‐25Tのスプロケにしてありますが、このサーキットの高低差程度なら問題はないでしょう。
また、雨天に備えてホイールセットを「フルクラムレーシングゼロ+23Cタイヤ」から「カンパニョーロシャマルミレ+25Cタイヤ」に急遽昨日変更しました。
シャマルミレの陽極酸化被膜リムの雨天ブレーキの効きの良さと、25Cタイヤの横方向のグリップの安定を見込んだという、パフォーマンスではなく、あくまで安全方向に振った変更です。
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さあここから画像が途絶えます(笑)
流石にレインウェアを着こんで滑りやすい路面でのガチンコ走行ですから、写真を撮るような余裕はありません。
2周のローリングをしてから3周目からどんどんペースが上がりますが、自分はというと、どんどん置いていかれます(笑)
冷えた上にアップもしていないので、いきなりHRを上げても体が順応しません。
調子が良ければ、一度HRをピークに上げておけば、あとは安定するはずですが、おそらく寒さもアリ体がついて行かなかったのでしょう。
コースは緩やかなアップダウンがありますが、ここは減量の成果が出て、ギア軽くして回せば足に負担もなく登って行くことができます。

本当は下りで自分の重量を使った本領発揮で、重いギアを回しこんでペースを上げる作戦でしたが、風も強く思ったより速度も乗らず、息も上ったままでしたので、下り坂はひたすら息を整えるために使ったので、川のように流れる水の抵抗もアリ、最高速度は40km/h程度でした。

一時間が過ぎたくらいの時に、完全にペースが落ちてきていろいろ限界になってきました。
一番我慢できないのが「小便」で(笑)、トイレに駆け込んで長い放水作業をこなして(笑)、ついでに給水と栄養補給をしながら一度息を整えました。

後半は身体がようやく順応してきたのと、レースとしての走り方・・・・たとえばペース配分やドラフィングのタイミング、ラインどりとかを思い出してきたので、休息とペースアップを交互に混ぜて、ペースアップの時は、流石に先頭集団は無理ですが、そこそこ他の参加者と同じペースで走れるようにまで成っていました。

ようやくレースらしいものが楽しめるようになったときに2時間が終了してしまいました。
ガーミンのデータは56km走行で、AV27.8kmと本当にレースというよりチョッとハイペースのロングライドくらいのペースでした。

しかし強度を上げて走っていたというのに体が完全に冷えてしまい、楽しみにしていたバイクなどのブースを見て回るどころではなく、フードコーナーで暖かいものを探します。
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実はベトナムの「フォー」を食べたのは今回が初めてでしたが、おかげで暖まりました。

本来レースですから順位を気にしなければいけないのでしょうが、気にするような成績ではないので(苦笑)、急いで着替えて帰宅しました。
しかし、本日は2:00に起きて、宇都宮から袖ヶ浦までの往復とレースもあり、帰路はだんだん気が遠くなってきてしまい(苦笑)、こりゃアカンと、途中で仮眠を取ったり、寝ぼけて道を間違えたりして、16:30頃何とか自宅に辿り着きました。

まあ、減量は進んだというもののパフォーマンスは「こんなもの」で、収穫としては足の負担がかなり軽減されて、途中で攣ったり、使い切ったりすることが無かったので、ある意味「負荷を下げて末永く走れる身体を維持したい」という目的には、一歩前進したといえそうです。

これにて今年の予定していたサイクルイベントはすべて終了で、自分は12月はある意味シーズンオフに入ります。
来週1日は趣味である飛行機イベントで、茨城県小美玉市の茨城空港で行われる「百里基地祭」で、イベントとしての「F4ファントムのラストフライト」を見に行きます。
再来週の7日は、最近恒例になっている「沖縄に行って泡盛を飲もう」・・・ではなく(笑)、は那覇空港で行われる「美ら海エアフェスティバル」で、今や最前線で緊張感あふれる任務をこなしている、F15イーグルの飛行を見てきます。

実はこの旅行のフライトとホテルのリザーブを取った翌日の朝に、TVをつけたら首里城が燃えているところが放映されてしまい、自分としては物凄い衝撃を受けてしまったので、是非現地に行って募金などを行ってきたいと思っています。


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運転支援技術、自動運転で本当に幸せになりますか?

昔子供の頃に「人造人間キカイダー」という、特撮番組がありました。
そこは狂った科学者が作った、高度なAIを搭載した戦闘用のロボットが、密かに暗躍する世界の中で、「良心回路」という人と同じ心を持たされた「ジロー」というアンドロイドが、その心ゆえに悩み苦しみながらそれらの軍団と戦っていくという内容の番組でした。

敵である「ダークロボット」達には、少なくとも今風で言えば「コンプライアンス」を守れという指示や、自ら判断する能力はなく、首魁である「プロフェツサーギル」の狂気の指示に従い、人間に危害を与えていきます。
対する「ジロー=キカイダー」は人の良心を持たされ、更にその矛盾に苦悩する「自我」まであるために、人を守るそれが「正義」の戦いであっても、本来持っている戦闘能力を抑制してしまうという、矛盾した行動を見せてします。

これが今から45年以上も前に作られた、「たかが子供用のトクサツ番組」だというのも凄いのですが、架空の世界であったロボットやAI等が今まさに我々の眼前に、いやそれらに囲まれて生活していると言うのも、「とんでもないことになったなぁ」というのが自分の正直な感想です。

さて、話が一気に現代の自分の事に飛んでしまいますが、自分の自家用車は去年から所謂「安全運転支援システム」が搭載された車になりました。
さぞかし運転が楽になったでしょうと良く聞かれますが、正直このシステムを含めて、道交法や交通道徳上の配慮、または「危険予知運転」などを含めて、違和感なく交通環境の中でスムーズに動かせるようになったのは、1年という時間と、1万5千キロに及ぶ、通勤や日本中の高速道路や山間部を走って試行錯誤した上で、ようやく実現できました・・・・と書いたら皆さんはどう思われるでしょうか?

具体的に高速道路の走行を例にして解説いたしましょう。
この「安全支援システム」やら「自動運転モドキ」を搭載された車が増えてきた数年前から、ある不思議な行動をする車が多いことに懸念を抱いていました。
それは、「走行車線」を勢い良く走ってきて、追い越し車線の車を追い抜いて、前方のノロノロ走っているトラックに追いついては急減速する・・・を繰り返す車が増えたことでした。

最初自分は「なんだ、このど素人な運転は!」と腹を立てつつ、あまりにその数が多いのと、それらが高級車や外車に多かったことに嫌悪感を抱いていましたが、自分が「運転支援システム」の車に乗って、初めてこのシステム故の行動であることに気がつきました。

推論も入りますが、「先方追従クルーズコントロール」の機能で、100kmに設定して、およそ周囲の交通状況を気にせず「ズボラ」を決め込むと、間違いなく上記のような走り方になります。
それは、それらの車が前方車両に追いついて減速すると、後方の車両の確認もせず、場合によってはウィンカーすら出さず(これが本当に少なくない)、車線変更をした挙句、特に加速するでもなく巡航してジリジリと追い越した挙句の果てに、そのまま追い越し車線に居座る行為が、本当に多いことからも、おそらく「支援システムを起動して、あとは自動とばかり主動的に運転する認識に乏しい」ドライバーが多いことから来るのだと思われます。

それらら該当車両のドライバーを観察すると一目瞭然で、家族連れのお父さんや、中年以上の男女などが多く、主体的に運転を楽しむとか、公共性を優先させようとかいう意識の乏しそうなドライバーが多かったからです。
車の自動運転領域が増えたことで、運転の主導権を放棄しただけでなく、おそらく元々乏しかった、自ら行わなければならない「安全運転義務」や「交通道徳の配慮」も放棄してしまったようなんです。

先の自分の話で公道上でスムーズにシステムを使いこなして走行できるようになるまで苦労したという話ともつながるのですが、自分の車も含めて、現在市販されている車に搭載されている「運転支援システム」や「レベル2程度の自動運転システム」の場合、道交法や交通道徳を遵守して、公共を優先させて走行させる等というロジックは搭載されていないはずですし、その能力もありません。

ですから、貧弱で単純な画像やレーダーの乏しい情報を、これまた貧弱なCPUで計算して「一定の距離を保つ」「ぶつかる前に停止する」「車線を自保持する」程度の機能しかないわけで、例えばある程度混雑していて、勝手気ままに振舞う他の車達を回避しながら一定のペースを保って、なお且つ交通の流れを阻害しないように走ろうとすると、はっきり言ってしまえばシステムを切って自分の判断で運転したほうがはるかにスムーズで安全ですし、もしシステムを稼働しながらそれを実現いようとすると、システムの性能や「癖」を読み取り、状況によってON/OFFしたり、制御項目を切り替えたりと、「使いこなす」までにかなりの労力を必要とするのが現実のレベルなんです。

更に安全で言えば、「あの手の高級車の運転手は虚栄心と闘争心の強い自我の抑制が乏しい低レベルの人間だから、必ずここで飛び出してくる」等という、長年の人生経験を加味した「予測運転」を駆使して、「あらかじめ減速して、回避できる状況を確認しておく」などという芸当は間違ってもできることではありません。
それどころか、一般道で前方の信号が変わりそうだから減速してお香などという簡単なことすらできずに、巡航速度のまま、停止している車を感知して「急停車」することしかできないんです。

要するに、現在販売されている運転支援システムや自動運転もどきの車では、「自分だけはリスクを低減できる」可能性は高くなりますが、交通環境全体を見れば、「公共の福祉の観点で、最大幸福の意味での交通安全を実現できるものではない」どころか、新たな危険性すら生んでいるという程度のもだと言うのは、あまりに独善すぎるでしょうか?

実は航空機の世界では「自動操縦は」それこそ1940年代から存在し、完全自動の離発着や、あろう事か「コントロールされた墜落」とも言われる、航空母艦への着艦ですら、1970年代の技術で可能化しているのです。
そしてそれらを積極的に推し進め、「人間は間違いを犯すので、最後の判断は機械が行う」考え方でシステムを組まれたかつてのエアバス社の旅客機は、誤判断をした挙句人間の操作を拒否して墜落事故を起こして、多くの犠牲者を出してしまっていたのです!
航空機の世界では、この教訓から、パイロットが主体的に操縦する、最後は人間が責任を持って判断する事が安全であるという結論が出されています。

さあここで最初の「キカイダー」の話に戻りますが、人間が判断を放棄してAIに全てを委ねた場合、もしそのAIが「ダークロボット」と同じで、コンプライアンスという発想がなければ、その車は容易に道交法を違反したり、あまつさえロジックとして搭乗者の安全を優先させて、他の車や歩行者、動物などをに「危害を与える」ことになりはしないでしょうか?
反対に人間が主導権を持っていても、当の人間が「個人の欲望と感情を優先させ、虚栄心に満ち溢れた挙句にコンプライアンスを犯す」人間であれば、AIはそれを諌めて抑制させることができるでしょうか?
答えはどちらも「No」であり、結局それではより多くの人たちが安全で幸せに生きるための交通環境などは、間違っても実現することはできないのではないでしょうか?

自分はなにもすべてのレベルの自動システムやAIに「良心回路」をつけろとまで言ってはいませんが、少なくとも「AIが原因で目を背ける大惨事で多くの人命が奪われる」事が起きないように、できることならすべての人間の良心に背くことのない、最低限度の「国際ルール」を、すべての人類の賛同を持って批准させて、アシモフの「ロボット3原則」ではありませんが、「ロボット制御憲章」を作り出し、できることなら「兵器」にも適用する事を、真剣に考えなくてはならないのではと思います。

有名な映画の「ターミネーター」の世界ではありませんが、機械の反乱などという大げさな話まではいかなくとも、AIやシステムが「BUDDY」として本当に人の世の中を幸せにする存在とさせる場合、その制御ロジックに「心」の部分を織り込んでいく必要があると自分は思います。
まあ、当の人間自身が、その人間たる所以の「心」の部分の為に、多くの不幸を生み出していますし、喫緊で言えば、今世界中が「LOVE」ではなく「HATE」という感情に突き動かされて間違った方向に進んでいるわけですから、もし仮にAI達か自我を持って我々人間を見たとしたならば、「あいつら何をやっているんだ」と思われて、「全世界、地球のためにも有害な人間達は駆逐するのが正論だ」などという、考えたくもない「正論」を導き出してしまい、駆逐されてしまうなんてことが、けして絵空事の世界だけで済まなくなってしまうのかもしれませんね。
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怜和から始まる2桁体重のロードバイク生活、ダイエット中間報告

このところ体重は時折100kgを切るようになりましたが、ウェイトコントロールしている人なら覚えがあると思いますが、体重は体調や天候、食事内容によって、結構上下します。
もともとの計画は4月中旬から2kg/月の減量で、11月中旬には100kgになる予定でしたから、増減の振幅の中央値が100kg程度だということは、ほぼ予定通りに減量が進んだことになります。

で、毎年この時期は職場の健康診断なのですが、お恥ずかしい話、平成3年に入社以来、一度も体重が100kg未満になったことがありませんでしたので(苦笑)、今回良い機会なので、「公式記録」に載せようと、3日前から準備して「ミニマム体重」になるように仕向けて、今回「98.6kg」を記録することができました。
入社以来28年以来の「快挙」というか「恥ずかしい記録」というべきなのか(泣)。

実のところ、この体重は、高校3年生の部活が終了したあとに急激に体重が増加してきた時の体重ですから、18歳当時の体系になっているということです。
部活で死ぬほど運動していた頃は、95kgが標準で、大会とか出ていて問題なく動けていて、絞った時に90kgまで落ちると、「羽が生えたように」は大げさですが、かなり思うように体が動いてくれました。
してみると、この体重でも「太って体が動かないなぁ」と感じていた時のレベルですから、希望としてはあと5gkgは落としたいところですが、冬場に減量を続けると体力が落ちて風邪など引きやすく、治りにくいので、ペースを「1kg/月」程度に落として、来年の春までには達成したいです。
というか、冬場、特に年末年始は、増やさないようにするだけでも大変なんですがね(笑)

さて本日は、今シーズン最期の「古峯ヶ原詣で」に行きました。
来週の「セオフェスティバル2時間エンデューロレース」で、今シーズンも終了で、12月入るとそろそろ凍結の心配が出てくるので、本日が今年最後の古峯ヶ原行きとなります。
早めに6:00に自宅を出ますが、夜明け前は先週同様かなり寒くなりました。
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まあこういう時は朝日は綺麗なんですがね。
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付近の里山は綺麗に紅葉していましたが、山奥に入るともう終わって冬という感じですね。
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本日は昨日の草刈の影響で疲れが抜けず(苦笑)、調子が悪かったのと、膝にテーピングを忘れたので、軽いギアにしてのんびりクルクル回して走っていましたが、なんというか勾配が厳しくなっても、失速することなくHRも厳しくならなかったのは減量の効果がはっきり出ていて、走っていて口元が緩んできてしまいました。

まだ9:00位だと車も少なく、神社もいつもの感じです。
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折り返し直ぐに下って、本日はまっすぐ帰宅せず、日光方面に向かいます。
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日光市の「大谷川公園」で、恒例の「蕎麦祭り」が行われるというので、そちらに向かいます。

昔廃校になった小学校跡の西大芦コミニュティセンターを超えて、西側に曲がると「小来川(おころがわ)」方面に行きますが、そこから更に日光の旧今市中心街付近を目指します。
左折していきなり最大勾配の細い道になります。
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ここも台風19号の爪痕が其処らに散見できます。
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沢沿いの急な勾配から九十九折れの道に変わります。
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このあと小来川から日光まで一山登っていくのですが、お腹が鳴って力が入らなくなって・・・要するに補給不足なのですが、蕎麦祭り会場までの我慢です。
会場の「大谷川公園」は、「日光ロングライド」の会場でお馴染みなところです。
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ただ、あまり自転車(オートバイ)は置く場所が外れの方で、あまり歓迎されている感じはしません。

まず第一会場にきましたが、蕎麦祭りと言いながら全く蕎麦の欠片も見当たりません(笑)
もう我慢ならんと、いい匂いを漂わせて焼いていた「あらびきウィンナー」を頂きます。
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これは食べごたえがあって美味しかったですね。

蕎麦は第二会場だろうと移動して会場に入ったら、自転車を一般の手荷物と一緒に保管場所に入れられえしまいました。
どうもここの地元の運営委員会は、自転車という発送が、微塵も無いようでうです。
まあ場所が場所ですからあくまで車で来るのが大前提なのでしょうが、いろいろな意味で「内向きで前例主義の」運営を感じました。
また、蕎麦祭りと言って色々な地域の蕎麦のブースがありますが、どれもすごい並んでいて蕎麦を食べられないで不満を口にする来場者も少なからずいたようです。
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個人的に並んで蕎麦を食べるほど好きではないですし、いつでも食べられるので他のグルメを頂きます。
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この「松坂牛味噌焼き」は美味しかったですねー!
柔らかいジューシーなお肉ですし、塗ってある味噌が良い味を引き出しています。
関東圏のこちらではあまり見かけませんが、中京や近畿圏では「味噌」は定番ですよね。

本当なら「博多塩焼きそば」とか炭水化物系も欲しかったのですが、「勝って兜の緒を締めよ」ではありませんが、ここは我慢です。
というより、我慢ではなく食習慣や好みがだんだん太らない物にシフトしてきたようです。

帰路は田川沿いに帰りましたが、ここも彼方此方で護岸が崩れていたり、山から土砂が流れ出したりと、広範囲に被害があったようです。
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台風被害といえば、紅葉も今回台風で広葉樹の葉っぱがかなり落ちてしまったようで、あまり艶やかではありませんでした。
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さてこれで今シーズンの「山練習」は終わりで、12月のオフ明けはバイクも「パナチタン」にチェンジで、地道にいつもの筑波山までのコースを、3月頃までコツコツ走ります。
来月になると「佐渡ロングライド」のエントリーも始まります(既に宿の予約は完了)し、来年の春先に向けての準備が始まりますが、「体重2桁のロードバイク生活」はどんな事になりますかね。
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快晴の土日は、晩秋から初冬の寒さへ! [雑談]

まあTVのニュースで「東京地方で土日が晴れるのは8月17日以来で・・・」、と言われるまでもなく、要するに夏休み明けは週末は必ず天気の崩れを気にしていたわけで、今年は春先からこんな感じで、もううんざりを通り越して、「それでも走ったるワイ!」と、空いた時間をやりくりしていました。

天気が良くなるのいいのですが、朝の気温が一気に下がってきて、通勤用のエクスカリバーも「腕カバー」を装着します。
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これが大げさではないんですよ。

さて9日土曜日は何時もの「古峰ヶ原詣で」に出かけました。
いやー、こんな青空を拝めるのなら寒くてもいいかなと思いますがね(笑)
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紅葉の進みは今一つですね。

一の鳥居で休憩していると、おそらく「観光」の車が次から次へと上に登って行きます。
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ここから右に曲がると「大芦渓谷」で、こちらの紅葉は有名です。
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入口はまだこれからという感じですね。

神社の境内に入ると、紅葉が綺麗になっています。
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多くの人が来ていますが、ここは神社の境内なんですから、お参りとしての基本はちゃんとしてほしいのですがね。

本日のランチは先週お伺いした「五郎八」さんで、前回メニューで見た「蕎麦屋さんのビーフカレー」を頼もうと思っていましたが、土日はやっていないという事で、もう一つ気になっていた「炊き込み御飯」のセットの御膳を頼みます。
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美味しいしボリュームもかなりありますね。
カレーに未練があって(笑)お伺いしたところ、要するに休日は一つしかない炊飯器で「炊き込み御飯」を用意しているので「白米」が炊けず用意できないそうです。
今度は平日に来てみるしかありませんが、「凍結」の声を聴くまであと何回来れますかね。

そのうち混んで来て「合い席よろしいですか」と聞かれたので「ははーん、同じ自転車乗りかな?」と思っていたら、なんと先週ご一緒した、GIOSのクロスバイクの御主人でした。
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偶然というか、縁とは不思議なものです。


この日はこれで終わりで、早目に帰宅して休息を取って、翌日10日は、2:00起床で4:00頃自宅を出発しましたが、いやー寒い事寒い事!。
やや薄めの長袖のウェアでしたが、「まあ大丈夫だろう」と油断していました。

ところが1時間ほど走っても体が温まらず、たまりかねてコンビニに避難して暖かいものを飲むのの、手先も冷たくなってきたので、ロンググローブのインナーとして手袋を購入しました。
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次に非常用にと携帯していた、薄手のウィンドブレーカーを着こみます。
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これは丸めるとジャージのポケットに入る薄手の軽量なもので、体にぴったりとするスリムなウェアですが、ぴったりしすぎていて(苦笑)買った時から息が苦しいほどキツクて、お腹の肉をねじ込んでチャックを閉めていましたが、今回着たらまったくきつくありませんでした!
ダイエットはこういう時に至福の喜びを感じるものです(笑)。
こんな薄いモノでも、一枚着こむと本当に暖かくなります。

さてどの位寒いかとガーミンの温度計を見たら「1.9℃」と、これは完全に冬の気温です。
関東地方でも南関東辺りでは真冬の気温ではないでしょうか?
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北関東の、特に内陸部の河川沿いの風通しの良いところは、山岳部から冷気が流れ込んで滞留して、本当に「底冷え」するものですが、夜明け前にとうとうこの気温になりました。
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もはや気が遠くなってきそうです(笑)

寒いのと引き換えに夜明けは綺麗になるんですよね。
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つくばりんりんロードを走り始めると、野焼の煙が上に上がらず、まるで蓋をされたように横に広がっています。
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これはこの高さで低いところに冷たい空気がたまっていて、暖かい空気が覆いかぶさっている「逆転層」という現象で、冬ならではの光景です。

日の出の時間は過ぎていますが、山脈に阻まれて陽の光は当たりませんが、このタイミングが一番寒くなります。
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もはや0℃とは氷が張ってもおかしくない・・・・と
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田んぼの水に薄ら氷が張っています。

しばらくすると稜線から朝日が差し込みます。
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気温はともかく、身体に陽の光が当たると一気に暖かくなって、ホッとする瞬間ですね。

一応本日は午後に用事があるので、筑波山で折り返します。
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来月あたりから来年の3月くらいまでは、基本的に自宅を5:00に出て、筑波往復130kmで、益子でランチをとって14:00帰宅というのが、冬の定番ツーリングになります。

午後の用事というのは、15:00に仙台に出かけることになります。
一泊しての本日11日、宮城県仙台市の、青葉城公園近くにある「仙台国際センター」で開催された「震災対策技術展」に、防災士協会から招待状が来ていたので、もう一つの本業である防災関係の仕事で行ってきました。
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この手の展示会やパネル展示、セミナーなどは良い勉強なりますし、実際に被災地で活動した方や、現実に防災関連の備品を販売されている方々とお話をすることで、スキルアップ図っています。

まあ、「実業」も防災関連の仕事になっていますし、現実に現場に出て防火対策や防災対策などを実施したり指導したりしている「現場の人間」ですから、「机の上でPC弄って指図する」ような防災活動をしてはいけないという事を、痛いほど実感しています。

そんな目でこの展示会で気になったのが、パネル展示や間仕切りの転倒対策をまったくしていなかったことです。
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本来こういうモノは、設置する前に「リスクアセスメント」を行って、もし各種災害が発生した時の「何か悪いことが起きるかもしれない」リスクを、「どのくらいの頻度で発生するか」と「どのくらいの重篤度があるのか」という物さしで「評価」して、対策を施してリスクを「問題が無いレベル」に低減させておかなければいけないんですね。

いろいろ見て回りましたが、どうもそのような「形跡」を見ることができず、この様な催し物でありながら、ましてこの地は「悲しみの地」であって、多くのの犠牲者が出ているわけですから、そこで「震災対策」と銘打つ催し物で、この有様は勘弁するわけにはいきません!

まあ、日本中でいろいろなところで「イチャモン」つけては嫌われているのは慣れているので(苦笑)、事務局と防災士協会の人たちには厳重に抗議しておきました。
まあ、その声が届くかどうかは次回確認させてもらいますがね!。
ホント、嫌な親父ですねぇ(苦笑)
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冷えた空気と青い空と美味しい蕎麦を味わいながら [雑談]

11月に入って、ようやく天候も安定してきたようです。
ただ空気はすっかり冬の冷たい空気に入れ替わって、栃木県宇都宮付近は、最低気温が7℃近くまで下がっていました。
とはいえこれだけの好天で走らない道理もないものだという事で、流石に夜明け前には出かけられなかったので、8:00に出かけて何時もの古峰ヶ原に出かけました。

本日は空の片隅に雲一つない晴天です。
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今年は休日にこんな天気に当たる方が数えるしかありませんでしたねぇ。

さてこの季節と言えば「紅葉」で、既に日光に中禅寺湖辺りは見ごろだという事で、古峰ヶ原も期待していきましたが、入口のところは全くそんな気配すら有りません。
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気持ちは良いですけどね。

街道筋に流れる「大芦川」はすっかり濁りも取れて、清流の清々しさを拝めます。
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本日は土曜日ですが、車も自転車も結構多く、何時もの「一の鳥居」のところにも何人かのサイクリスタが休憩していました。
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ここから先は修行コースで、心を閉ざして黙々と古峰神社まで登って行きます(笑)
実は今朝体重の方がほとんどちょうど「100㎏」になっていて、まあ「体重3ケタサイクリスタ」としては過去ほぼ最低ラインの体重にあり、この体重で古峰ヶ原に登りに来たことはありません。

まあ「凄いデブ、多少痩せてもやはりデブ」で(苦笑)、結局苦しい事は苦しいのですが、春先から見れば自分の乗っている「マドン6の2台分」の重量が減っていますから、インナーローは相かかわらづですが、「よたよたなんとか前に進む」から「何とかペダルを回しこんで進んでいる」になったのは、個人的には大きな変化だと思います。
目標である「年内に体重2ケタ安定」は、なんとか目立が立ってきたというところでしょうか?
とはいえ「星回りの悪いどすこいライダー」ですから、何かあってダイエットが中断・・・・が過去何回と繰り返えされてきたので、油断は禁物ですがね!

古峰神社に到着です。
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境内はようやく色づいてきたというところですかね。
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参拝客も何時もよりかなり多かったですし、最近はアジア系の観光客も増えt来ましたね。

さて帰路はどこでお昼をと考えていましたら、「草久」というところに蕎麦の上りが上がっていたのがここ数回来て気になっていた「五郎八」さんに入りました。
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平日はご主人独りで営業で、用意した蕎麦がなくなり次第閉店なのだそうです。
香りのよい細切りの蕎麦が汁が良くからんで美味しかったです。
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メニューを見ると、「炊き込みご飯」や「蕎麦屋のビーフカレー」などが気になりましたので、また何度か来てみたいですね。
そういえば以前自分が通っていたころには無かった
お店で、4年前に此処で開業したそうで、ちょうど自分が来なかった時期なので、なるほど知らないはずですね。 何だかんだで14:00に帰宅ですので、休憩込みで6時間の行程で、時間が限られているときや、次の日に用事があるときなどは、ちょうど良いツーリングのコースですね。 今月は都合が付けば、出来る限り通ってみたいと思います。

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ターマックSL3 S-WROK'Sに、ノーマルクランク [雑談]

長い秋休みも本日で終了で、明日から「現実」が待ち受けています。
まあ、なんでも「どんと来い!」ですからかえって気が引き締まります。

とはいえ最後の本日は天気が良かったので、いつものルートで土浦まで行ってきました。
4:05に自宅を出ますが、いやー寒い!
今年初めて長袖の上下のジャージを着ましたが、正解でした。

久しぶりのターマックは、硬質感のある引き締まった走行フィーリングが心地よいです。
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因みに来月「セオフェスティバル」の2時間エンデューロに久しぶりに参加しますが、ターマックをレース用に調整しました。
具体的にはまず180㎜長のコンパクトクランクから175㎜長のノーマルクランクに交換しました。
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50-34Tから53-39Tで、レースの速度領域に合わせたのとクランクの長さを5㎜短くして、ケイデンスを出しやすい・・・高回転に対応しています。

スプロケも30-12Tの「乙女ギア」から、「男」の25‐11Tに変更してあります(笑)
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これも「峠」を上るわけではないので、細かくギアを刻んで変速できるようにするのと、軽量化の目的もあります。

いやー、見た目にターマックもやっとロードレーサーらしくなりましたね(笑)
とはいえ、いざ乗ってみると「うわぁっ!重い!」というのが正直な感想で、これをガシガシ踏み込んで回せる膝の状態ではないので、少しずつ変速しながら速度を載せていきました。

さていよいよ11月に入りますが、流石に景色は秋を通り越して「冬」の色が出てきましたね
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抜けるような青空とはいかなかったので、陽が陰ると体にあたる風の温度は明らかに変わりました、
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さて明日から勤務ですので、寄り道しないでまっすぐ自宅に帰りました。
コースの途中にある「宇都宮へリポート」では見慣れない国土交通省のヘリが定置していました。
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ベル412EPで、レジスターNoから名古屋空港で運用されている「まんなか」のようです。
おそらく普段こちらに来る機体ではありませんが、先日の台風や大雨の対応で応援に来ているのでしょうか?

まあ、各種災害が「尋常な状態でない」規模で推移していますから、「想定外」が当然という認識で、いろいろと対策を進めてほしいと思います。
こんな雲も出ていますから嫌な予感もします。
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ある意味自転車と同等のレベルで「防災」は本業ですので、あまりそちらの方で忙しくなってほしくないなと思いました。
自分のような人間は「役立たずの昼行燈!」とかけ口をたたかれるくらいが、世の中平和でいいんじゃないかと思いますね。
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安全な土地とは?そして資産とは?国家百年の計とは [防災]

最近地震だけでなく、水害も多くの被害を出して注目されています。
自分の場合「防災オタク」から「防災士」として仕事の一部にもなっていますが、最近「どんなところが安心して住めるの?」という話をよくされます。
まあ、最初からきちんと説明するといろいろな要因があり、結構難しい話になりますが、そうすると「難しい話はいいから結論教えて」となります。

実はこの「模範解答さえ覚えておけばよい」が、防災上から言えば一番いけない事であると、自分は断言します。
ある気象予報士の方も最近の「なんちゃって気象予報士の、意味を説明しない天気予報」にえらくご立腹になっていて、「何故そうなるかという原因や意味が解らなければ、自分で判断することができないから、そんな天気予報鵜呑みにするのは命に係わる」という趣旨の説明をされていました。

先の「どこに住めば安全なのか」も、各種天災、人災、犯罪などのいろいろな要素があって、一言では言えないですし、そういう人ほど不動産屋やハウスメーカーの話を鵜呑みにして、低湿地の埋め立て地の造成地のを購入した挙句、「なんでここは水が溢れると説明しなかったんだ!」と責任を追及しようという方が少なくはありません。

なんて書くと炎上しますかね(苦笑)
で、自分もホトホト困ってていて、面倒になったのこともアリ、先の質問には「近くに古墳や神社や、古民家が多い場所なら比較的安全です」と答えます。
色々な要素がありますが、少なくとも昔から(数百年単位)人が住んでいる場所なら、「何か大変なことが数百年無かったから人が住めるんですよね」という事です。

反対に最近人が住むようになった場所は、何故人が住んでいなかったか?という事に想像を巡らせると解りやすく、「人が住んでいなかったのは、元々人が住むのに適さない事情があったのか、住んでいたことがあったけど住めなくなったかのどちらかもしれませんよ」という説明もします。

物凄い大雑把な歴史の話ですが、日本の人口は記録がある平安時代辺りから江戸時代までは緩やかに上昇していますが、江戸幕府成立後上昇率が上がります。
これは、幕府も各藩も、財政基盤である「米の生産量」を上げるため、野山を切り開き、河川を改修し、湖沼を埋め立てて「新田開発」が進んだためです。
続いて明治時代に人口の上昇率は急激に上がっていますが、これも当時の政府の「富国強兵」政策の一環として、戦力=人口ですから、あわせて居住地を広げていったという事になります。

つまり、江戸時代辺りから新しく住み始めたところは、それまでの日本の歴史でいえば「何らかの事情で人が住むのに適さなかった場所」ともいえます。
そこに「観測史上最大」の降水量が振るとどうなるのかというと、少なくとも明治、昭和、平成と安全に居住できたところであっても、治水システムは「過去の判例」に従って作られたものなのですから、水が溢れないと考える方が、「虫の良い話」とは言えないでしょうか?

しかも大都市や大きな一級河川ならともかく、地方の中小河川の場合、そこの堤防など、江戸時代や明治時代に作られたものを、細々と改修しながら使われているという物も少なくないそうで、そこで今回の台風19号のような降水があれば、「容易に越水して、堤防が決壊する」という事に成っていいるとも言われています。

そう考えると、今居住している場所の「絶対安全」を保つためには、莫大な予算と、遠大な計画、深い想像力が必要になる事は想像に難くありません。
これは、今回の旅行で見てきた、静岡県の伊豆半島の付け根にある「狩野川放水路」です。
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これは1958年(昭和33年)9月27日に神奈川県に上陸し、伊豆半島と関東地方に大きな被害を与えた「狩野川台風」の対策の為に作られた、狩野川で溢れた水を、なんと山をくりぬいて半島の反対側の場所に流すための放水路です。
普段は水など流れておらず、おそらく作られてから本格的に稼働したことは数えるほどかもしれませんが、今回の台風19号も、この放水路のおかげで狩野川が氾濫しなかったといわれています。

これと同じ話は「ダム開発」や「スーパー堤防」でも今回クローズアップされて、巨大治水プロジェクトの正当性を示すものとして語られています。
ただし自分はこれをして「巨大利権の温床で、誰かの懐が潤う」ための公共事業であるのなら、断固反対します。
また、これは津波の後の、「津波堤防」建設でも地元で議論されたことですが、まず一つは「どんなに巨大な津波が襲ってきても、絶対大丈夫な対策をして沿岸沿いに居住する」という考えと、「想定外の災害に湯水のように税金を使うのは無理があり、最悪は水が溢れるかもしれないけど、最低でも住民の命を確実に守り、資産の被害は最低限に抑える土地利用計画に柔軟に対応する」という二つの考えがあり、これはどちらが「正解」という事はなく、最終的にはそこに住む住民が決めなくてはならない事になります。

自分はと言えば、まず危ないところにはす住まないことを基本に、もしそういう所にいなくてはいけない場合は、「とにかく逃げる!」に徹します。
例えば、もう危ないと解っているのなら、地震による津波もそうですが、洪水などは気象情報で降雨量や警報関連を常にモニターし、国土交通省の河川情報も見て、「避難勧告」など出る前から、別に行政指定の避難所などは行かず、自分で安全なところをチェックしておいて、決められた持ち出し品を車に詰め込んで、移動できるうちにとっとと逃げ出している事でしょう。

しかし、これはもしかすると、「不動産」や「固定資産」という物で、従来からの考え方が根底から変わってしまう可能性もあるのではないでしょうか。
我々は、その場所に安心して暮らせるからこそ、そこに「定住」して、そこの土地に経済的な価値があるから「固定資産」として財産を保有して、そして「課税」対象として税金を払っているわけです。
これは国家成立の基本中の基本の話であり、その「絶対性」が保証できない国家に対して、国民がホイホイと税金を払うわけもなく、故に「治水」は国家存立のための重要事項として進められていたわけですし、例えば国家というより個人崇拝と体制を維持するために軍事費偏重の財政運用をして、一切の治水を怠った結果として、作物もできない、人も住めない土地が広がる国家になった近隣国家がありますが、ああなってしまうわけですね。

最近「国家百年の計」をここぞとばかり保守系の政治家や論客が騒いでいますが、「何が、誰の為に、適切な、百年の計」なのかは、各々がより深い思慮と決意をもって、次世代の人たちに後ろ指を指されないように選ばなければ、いけないのかもしれませんね。
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