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ターマックSL3 S-WROK'Sに、ノーマルクランク [雑談]

長い秋休みも本日で終了で、明日から「現実」が待ち受けています。
まあ、なんでも「どんと来い!」ですからかえって気が引き締まります。

とはいえ最後の本日は天気が良かったので、いつものルートで土浦まで行ってきました。
4:05に自宅を出ますが、いやー寒い!
今年初めて長袖の上下のジャージを着ましたが、正解でした。

久しぶりのターマックは、硬質感のある引き締まった走行フィーリングが心地よいです。
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因みに来月「セオフェスティバル」の2時間エンデューロに久しぶりに参加しますが、ターマックをレース用に調整しました。
具体的にはまず180㎜長のコンパクトクランクから175㎜長のノーマルクランクに交換しました。
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50-34Tから53-39Tで、レースの速度領域に合わせたのとクランクの長さを5㎜短くして、ケイデンスを出しやすい・・・高回転に対応しています。

スプロケも30-12Tの「乙女ギア」から、「男」の25‐11Tに変更してあります(笑)
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これも「峠」を上るわけではないので、細かくギアを刻んで変速できるようにするのと、軽量化の目的もあります。

いやー、見た目にターマックもやっとロードレーサーらしくなりましたね(笑)
とはいえ、いざ乗ってみると「うわぁっ!重い!」というのが正直な感想で、これをガシガシ踏み込んで回せる膝の状態ではないので、少しずつ変速しながら速度を載せていきました。

さていよいよ11月に入りますが、流石に景色は秋を通り越して「冬」の色が出てきましたね
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抜けるような青空とはいかなかったので、陽が陰ると体にあたる風の温度は明らかに変わりました、
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さて明日から勤務ですので、寄り道しないでまっすぐ自宅に帰りました。
コースの途中にある「宇都宮へリポート」では見慣れない国土交通省のヘリが定置していました。
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ベル412EPで、レジスターNoから名古屋空港で運用されている「まんなか」のようです。
おそらく普段こちらに来る機体ではありませんが、先日の台風や大雨の対応で応援に来ているのでしょうか?

まあ、各種災害が「尋常な状態でない」規模で推移していますから、「想定外」が当然という認識で、いろいろと対策を進めてほしいと思います。
こんな雲も出ていますから嫌な予感もします。
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ある意味自転車と同等のレベルで「防災」は本業ですので、あまりそちらの方で忙しくなってほしくないなと思いました。
自分のような人間は「役立たずの昼行燈!」とかけ口をたたかれるくらいが、世の中平和でいいんじゃないかと思いますね。
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安全な土地とは?そして資産とは?国家百年の計とは [防災]

最近地震だけでなく、水害も多くの被害を出して注目されています。
自分の場合「防災オタク」から「防災士」として仕事の一部にもなっていますが、最近「どんなところが安心して住めるの?」という話をよくされます。
まあ、最初からきちんと説明するといろいろな要因があり、結構難しい話になりますが、そうすると「難しい話はいいから結論教えて」となります。

実はこの「模範解答さえ覚えておけばよい」が、防災上から言えば一番いけない事であると、自分は断言します。
ある気象予報士の方も最近の「なんちゃって気象予報士の、意味を説明しない天気予報」にえらくご立腹になっていて、「何故そうなるかという原因や意味が解らなければ、自分で判断することができないから、そんな天気予報鵜呑みにするのは命に係わる」という趣旨の説明をされていました。

先の「どこに住めば安全なのか」も、各種天災、人災、犯罪などのいろいろな要素があって、一言では言えないですし、そういう人ほど不動産屋やハウスメーカーの話を鵜呑みにして、低湿地の埋め立て地の造成地のを購入した挙句、「なんでここは水が溢れると説明しなかったんだ!」と責任を追及しようという方が少なくはありません。

なんて書くと炎上しますかね(苦笑)
で、自分もホトホト困ってていて、面倒になったのこともアリ、先の質問には「近くに古墳や神社や、古民家が多い場所なら比較的安全です」と答えます。
色々な要素がありますが、少なくとも昔から(数百年単位)人が住んでいる場所なら、「何か大変なことが数百年無かったから人が住めるんですよね」という事です。

反対に最近人が住むようになった場所は、何故人が住んでいなかったか?という事に想像を巡らせると解りやすく、「人が住んでいなかったのは、元々人が住むのに適さない事情があったのか、住んでいたことがあったけど住めなくなったかのどちらかもしれませんよ」という説明もします。

物凄い大雑把な歴史の話ですが、日本の人口は記録がある平安時代辺りから江戸時代までは緩やかに上昇していますが、江戸幕府成立後上昇率が上がります。
これは、幕府も各藩も、財政基盤である「米の生産量」を上げるため、野山を切り開き、河川を改修し、湖沼を埋め立てて「新田開発」が進んだためです。
続いて明治時代に人口の上昇率は急激に上がっていますが、これも当時の政府の「富国強兵」政策の一環として、戦力=人口ですから、あわせて居住地を広げていったという事になります。

つまり、江戸時代辺りから新しく住み始めたところは、それまでの日本の歴史でいえば「何らかの事情で人が住むのに適さなかった場所」ともいえます。
そこに「観測史上最大」の降水量が振るとどうなるのかというと、少なくとも明治、昭和、平成と安全に居住できたところであっても、治水システムは「過去の判例」に従って作られたものなのですから、水が溢れないと考える方が、「虫の良い話」とは言えないでしょうか?

しかも大都市や大きな一級河川ならともかく、地方の中小河川の場合、そこの堤防など、江戸時代や明治時代に作られたものを、細々と改修しながら使われているという物も少なくないそうで、そこで今回の台風19号のような降水があれば、「容易に越水して、堤防が決壊する」という事に成っていいるとも言われています。

そう考えると、今居住している場所の「絶対安全」を保つためには、莫大な予算と、遠大な計画、深い想像力が必要になる事は想像に難くありません。
これは、今回の旅行で見てきた、静岡県の伊豆半島の付け根にある「狩野川放水路」です。
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これは1958年(昭和33年)9月27日に神奈川県に上陸し、伊豆半島と関東地方に大きな被害を与えた「狩野川台風」の対策の為に作られた、狩野川で溢れた水を、なんと山をくりぬいて半島の反対側の場所に流すための放水路です。
普段は水など流れておらず、おそらく作られてから本格的に稼働したことは数えるほどかもしれませんが、今回の台風19号も、この放水路のおかげで狩野川が氾濫しなかったといわれています。

これと同じ話は「ダム開発」や「スーパー堤防」でも今回クローズアップされて、巨大治水プロジェクトの正当性を示すものとして語られています。
ただし自分はこれをして「巨大利権の温床で、誰かの懐が潤う」ための公共事業であるのなら、断固反対します。
また、これは津波の後の、「津波堤防」建設でも地元で議論されたことですが、まず一つは「どんなに巨大な津波が襲ってきても、絶対大丈夫な対策をして沿岸沿いに居住する」という考えと、「想定外の災害に湯水のように税金を使うのは無理があり、最悪は水が溢れるかもしれないけど、最低でも住民の命を確実に守り、資産の被害は最低限に抑える土地利用計画に柔軟に対応する」という二つの考えがあり、これはどちらが「正解」という事はなく、最終的にはそこに住む住民が決めなくてはならない事になります。

自分はと言えば、まず危ないところにはす住まないことを基本に、もしそういう所にいなくてはいけない場合は、「とにかく逃げる!」に徹します。
例えば、もう危ないと解っているのなら、地震による津波もそうですが、洪水などは気象情報で降雨量や警報関連を常にモニターし、国土交通省の河川情報も見て、「避難勧告」など出る前から、別に行政指定の避難所などは行かず、自分で安全なところをチェックしておいて、決められた持ち出し品を車に詰め込んで、移動できるうちにとっとと逃げ出している事でしょう。

しかし、これはもしかすると、「不動産」や「固定資産」という物で、従来からの考え方が根底から変わってしまう可能性もあるのではないでしょうか。
我々は、その場所に安心して暮らせるからこそ、そこに「定住」して、そこの土地に経済的な価値があるから「固定資産」として財産を保有して、そして「課税」対象として税金を払っているわけです。
これは国家成立の基本中の基本の話であり、その「絶対性」が保証できない国家に対して、国民がホイホイと税金を払うわけもなく、故に「治水」は国家存立のための重要事項として進められていたわけですし、例えば国家というより個人崇拝と体制を維持するために軍事費偏重の財政運用をして、一切の治水を怠った結果として、作物もできない、人も住めない土地が広がる国家になった近隣国家がありますが、ああなってしまうわけですね。

最近「国家百年の計」をここぞとばかり保守系の政治家や論客が騒いでいますが、「何が、誰の為に、適切な、百年の計」なのかは、各々がより深い思慮と決意をもって、次世代の人たちに後ろ指を指されないように選ばなければ、いけないのかもしれませんね。
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小豆島を初ライド、瀬戸内の島を堪能する [イベント]

瀬戸内海にある香川県の小豆島ですが、小説の「二十四の瞳」で知られた島ですが、正直それ以上のイメージはありませんでした。
今回四国観光をするにあたり、高知や四万十川、淡路島などいろいろ候補があったのですが、結局のところ「天気」が決め手で、22日は小豆島を一周するツーリングを計画しました。

小豆島は1周すると約120km程度だそうですが、これを最後に帰路に着く予定になったので、島の中央を縦断する50km程度のコースを走ることにしました。
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なんか途中でコースを読んでいませんが、約50km程度のコースを走ります。

まず高松で宿泊したホテルから、フェリー港にある駐車場に向かい、そこに車を止めてそこから自転車でフェリーに乗ることにします。
車で行くと、往復12420円かかりますが、自転車で行けば往復2100円で済みますから、ツーリング目的なら自転車で行くのが当然でしょう。

フェリー乗り場に行きます
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かなり混雑していて盛況のようです。
小豆島まで1時間程度で、朝6時台から20時台まで1時間に1本運行されていますから、いろいろな予定を立てるのには利用しやすいですね。

さて、尾道の連絡船は除いて、自転車でフェリーに乗りつけるのは初めてなのですが、なんと車やバイクと一緒に自走で乗り込みます。
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自転車は横にある手すりに引っ掛けて、車止めをするだけです。
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外洋を航行するわけでないので、内海の瀬戸内海はあまり揺れない?ということなのでしょうか。

船内はいたって普通の感じです。
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抜錨して離岸します。
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風は強かったですが、やはり海自体は穏やかで揺れもなく快適な航海でした。
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航海中は睡眠を取って体力を温存します。
気がついたらもう小豆島が見えてきました。
これは「土庄港」近くのごま油で有名な「かどや」の工場です。
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いよいよ着岸です。
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さてここからどちらに行けば良いのでしょう(笑)

土庄の港から内陸部に入り、県道26号線「土庄福田線」で小豆島の北側のある北浦というとこを目指します。
しかし、内陸部を走っていると、「島」を走っている雰囲気じゃありませんね(笑)

厳しい坂ではなかったですが、結構延々と登って行っていきます。
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ようやく最高点あたりから瀬戸内海が見えてきました。
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今日は天気が良いので、瀬戸内海も本当に蒼いですね。

しかし、やはり瀬戸内海の島嶼群の海岸線沿いは、雰囲気が穏やかな感じを受けますね。
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例えば、自分の知っている、太平洋側外洋に面している茨城県の大洗付近の海岸や、日本海の佐渡島などとは随分違います。
いろいろな名所を巡って行くのも良いのですが、ここ小豆島は、天候が良ければこのロケーションを味わいながら走るだけでも、十分ここに来る価値があると思いますね。

遠くにぽつんと小島が浮かぶ風景も良いです。
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とはいえ、やはり「平坦」というわけではなく、結構高低差があって大変だという話も聞いていましたので身構えては居たのですが、結構軽いギアでのんびり登っていけばそう大変でもありませんでした。
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吉田展望台という所で、北岸の東の端まできましたから、行程としては半分はした感じになります。
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このあと坂を下っていくと港が見えますが、これが福田港のようです
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ここのお土産物屋さんで「オリーブソフトクリーム」を頂きます。
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まあどのあたりがオリーブ味なのかはよくわかりませんでしたが(笑)美味しかったですね。

小豆島も自転車押しでの観光が始まりつつあると聞きましたが、しまなみ海道などと比べると、まだまだという感じで、サイクルスタンドや休憩する場所もあまりなく、地元の人もまだロードバイクで走るサイクリスタは「物珍しい」という印象は受けました。

さてここから「南岸」を西進していきますが、明らかにこちらの方がアップダウンは厳しい感じで、入江に差し掛かると下っていって、次の入江に向かって登っていくを延々と繰り返していくという印象です。
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確かにあまり走り慣れしていないローディなどには多少厳しいかもしれませんし、レンタルのシティサイクルで走るコースでもなさそうですね。

でも高い所に登るからこそ、色々と楽しみもあるといところが悩ましいところではありますな(笑)
この景観も高いところから見渡すからこその「ご褒美」ではあります。
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そろそろ登るのも飽きてきたところでトンネルが現れました。
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トンネルを抜けて下っていくと、結構大きな街が現れてきましたがこの島の中心地の「小豆町」でした。

ここでちょうど12:00になったので、「讃岐うどん」の上りに惹かれてランチにします。
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美味しかったのですが、スルスルっと食べられてしまうので、かえってお腹減ったような(笑)

このあとは土庄港を目指してまっしぐらです。
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軽く休憩してから帰りのフェリーに乗船します。
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いよいよ離岸です
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これで小豆島ともお別れです
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今回はある意味小豆島の「下見」程度のライドでしたが、今度はもう少し時間をかけていろいろなところを見て回りたいですね。

帰路もずっと船室で爆睡していましたから、気がついたら高松港に近づいていました。
そろそろ離船する用意をします。
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接岸してスロープが降りると、誰が指示したわけでなくパラパラと乗客が降りていきます。
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このあたりは大型船に比べるとアバウトですね。
自分もタイミングを見測って自走で降りていきます。

近くの駐車場に戻って、ようやく今回のミッションは完了です。
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ただし、このまま宿でのんびりするわけにも行かず、本日中に帰路の中継地点である、滋賀県の長浜までの移動が残っています。
今回初めて「淡路島」ルートで本州に帰ります。
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淡路島南SA付近で日没になりましたので、瀬戸内海の最期の夕暮れを楽しみます。
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中間地点の琵琶湖辺の長浜のホテルは、「琵琶湖ロングライド」でいつも使っている定宿で、やっと帰ってきた気がしてホッとしました。
まだ翌日の自宅までの行程は残っていますが、今回の四国ツアーはこれにて終了です。
今回は「しまなみ海道」を中心に、天気任せで予定も立てず思いつきで動きましたが、しっかり走ることもできて自転車の旅としては大成功でした。
しまなみや四国各地など、そう簡単にこられるところではないので、次はいつ来られるか判りませんが、再びこの地を走ってみたいという「余韻」を残せたのが、今回の最大の収穫でした。
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四国観光で道後温泉へ [雑談]

しまなみのイベントの翌日は、基本的に休養と観光を兼ねて、松山市の「道後温泉」に行きました。
ふだんのイベントだとそのような余裕もなく急いで帰るだけなんですが、今回は時間的に余裕があるので、「有名どころ」に行くことにしました。

さて宿泊していたのは今治より東に行った「西条市」というところです。
今回の旅行はイベント前日だけ宿を予約しましたが、あとは現地で状況日応じて宿を探そうということで、当日の予定を考えて移動しやすい位置のここになりました。

高松自動車道で松山市に向かいます。
まあ、四国に行って松山行ってないの?なんて言われかねないこともあり、有名処を抑えておこうというのと、さk実の疲れを「道後温泉」で癒そうというプランです。

松山市内に入って目に入ったのが路面電車の軌道です。
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機動が敷設してある所の石畳はかなり古いもののようですね。
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宇都宮市もLRTという最新の路面電車が3年後に走り出しますが、「路面電車慣れ」していない住民が、何かやらかすのは目に見えていて(苦笑)今から頭が痛いです。

道後温泉のある繁華街のコイン駐車場に車を止めて、まず温泉に入ります。
アルカリ単純泉のありふれたお湯でしたが、リラックスできました。
その後周辺を歩いてまずこれを見に行きます。
伊予鉄道の松山線の終点の道後駅です。
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平日の昼間ですが、観光客はたくさんいましたね。
ちなみに何処にいても中国語は聞こえますが、ハングル語は最後まで耳にしませんでした。

その後繁華街をぶらぶら歩いて、有名な「道後温泉本館」を見ます。
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見た感想は「古い建物で、火事になったら大変だろうなぁ」でした(苦笑)

まあ趣のある温泉街ですが、関東地方からここにわざわざ来るかというと「?」なのかもしれません。
腰を据えてゆっくり見てまわればまた違った感想があるのでしょうが、どうも自分はそういう観光が性に合わないようですね。
翌日は「小豆島」ツーリングを予定しているので、早めに宿のある「高松市」に移動して、この日は終了しました。
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しまなみ ゆめしまサイクリングフェス2019に参加してきました。 [イベント]

さて、イベント当日の10月20日となりました。
しかし、実のところ先週は風邪気味だったところ、いきなりの長距離ドライブの疲れもあり、風邪の症状が悪化してきただけでなく、何故かホテルでも一睡もできませんでした。
通常これで自転車のイベントなど絶対無理なのですが・・・・。
よく考えてみたら、今まで自分が参加した数多くのイベントでも、一睡もできなかったり、熱が出ていたり、酷い便秘で気持ち悪くなったりと、いろいろあったのですが、何とかしてたというか、何とかなった「実績」があり、そう考えたら「走り出したら、何か答えが出るだろう」と開き直ってイベント会場に出かけました。

まず駐車場を探して5:30ごろ真っ暗ななか、例によって係員より先に一番乗りでつきました(苦笑)
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ここは来島海峡大橋の自転車道入口近くの「今治造船」の駐車場を使っているようです。
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のんびりとバイクと装備の準備をして、体調を整えるために薬やサプリメントを取りますが、思ったほど体調は悪くなく、これなら丸一日走り続けても大丈夫なようです。
しかし風邪ひいて一睡もしていないのになんともないというのは、開き直ったとは言えどんな体をしているのでしょう(笑)
まあ、こういう時は「ダメかもしれない」とビクビクしていると本当にダメになるので、無理矢理でも「自分は大丈夫」と思い込むのも、ロングライドのスキルの一つかもしれませんね。

駐車場から会場までは結構急な勾配を登っていきます。
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会場は半島の先のてっぺんにある、「来島海峡展望館」の駐車場になるのでトンネルを抜けて更に登っていきます。
さすが高いところで抜群の眺望ですね。
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会場の準備も着々と進んでいきます。
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6時を超えて日が昇ってきました。
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この大会ですが、実のとこあまり内容を確かめないでエントリーしたこともあり、実は「スタンプラリー」形式であることを知りませんでした(笑)。
ただ最近はスマホにアプリを仕込んでおくと、その場所に行くとスタンプを自動でゲットできるものがあり、いちいちスタンプのカードを取り出すのも面倒なのでそのアプリを使いました。
自分は「しまなみブルーライド・今治ロングコース」で、今治から尾道まで渡って、合計14個の設定地点から最低8個のスタンプを取得すれば完走となります。

7時になって走行開始・・・・とみんなでよーいドン絵はなく、「勝手に走ってください」というゆるいスタート風景でした。
走行コースの指定はないのですが、しまなみ海道は道に記してある青いラインに従えば今治⇔尾道を土地感がなくとも走ることができます。
一応そのコースに沿えば最低のスタンプは取得できそうでしたので、まず寄り道ぜず出来るだけ早く尾道に渡り、帰路は残ったスタンプ地点を探しながら走るプランで進みました。

走り出してみると、体調も問題なく、バイクも快調で気持ちが良いです。
海峡にかかっている高い橋脚の上から眺める瀬戸内海の景色は絶品ですね。

体も暖まらないうちに最初のCPである「宮窪漁港」に到着です。
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アプリを見たら確かにスタンプを自動取得していましたので、すぐに出て走り出します。
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ちなみに「しまなみ海道」をご存知ない方のイメージとして、「海で島を伝って橋を渡って行くので比較的平坦だよね」という「誤解」があります(笑)
誤解であることは行ってみて最初の橋を仰ぎ見れば一発で理解できます(笑)
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こういった坂をいったい何本登ればいいのかと最初は気分が滅入ってしまいます。
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前回の2011年の夏休みでここに来たときは、暑かったこともあり随分この坂道に苦労した記憶があります。
島に入れば入ったで、沿岸線沿いの道を走らないと、結局島の山に上って横断する羽目になり、これも結構厳しかった記憶があります。

しかし!、今回走ってみると「あれれ?、こんなに負荷がなく登れたかな?」というのが正直な感想でした。
当時の記録では体重は今とあまり変わらず、機材はアルミフレームの「ピナレロFP2」にキシリウムエリートのホイールを履いた構成で、機材だけ見れば現在のボテッキア8AVIOとカンパシャマルミレのほうが格段にパフォーマンスが高いのですが、どうもそれだけではないようです。
膝が相変わらず痛いので負荷をかけず軽いギアをクルクル回すのですが、確かに大した勾配ではない海峡連絡橋への接続道路なのですが、全く苦労なく本当にクルクル回して登っていきます。

今の体重に戻したのは本当に久しぶりなのですが、まあその間簡単に言えば「マドン2台分の重量」を体中にまとって走っていた」わけで、8年かけていろいろな山道で苦労したスキルも含めて、昔よりは上手に登れるようになったからではないでしょうか?

さて次の伯方島の「伯方S・Cパーク」で休憩を取ります。
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伯方といえば「伯方の塩」が有名で、それを使ったクリームを食べたかったのですが、まだ営業時間前で残念!よし帰路に必ず寄って食べましょう。
その代わりといってはなんですが「みかんジュース」が美味しかったです。
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しかもこんな仕掛けがしてあります。
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蛇口からジュースが出るなんて!人類の夢ですね。
もっとも今は蛇口から生ビールや純米酒がただで飲み放題で出てほしいと思う「汚れた大人」になってしまいましたがねぇ(苦笑)

さてここからはしばらく画像が極端に減ります。
全体の時間配分が分からないので、補給も最低限にしてひたすら尾道を目指します。
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実は本土間近の「向島」に到着した時点で喉が痛くなり、思いっきりだるくなってきました。
おそらく風邪の症状と補給料不足が原因だと分かりましたので慌てませんでしたが、ぼーっと走っていたので、尾道に行く連絡船のところを通り越して大回りして橋を渡って、会場のある尾道駅前広場に10:50頃には到着できました。

係員のお話では、今治から来たライダーでは2番目だったそうですが、特に補給もせず急いで連絡船に乗り向島に戻ります。
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それは向島の市街地を走っている時に「ドラックストア」を目撃したからで、ここで「緊急ドーピング」の実施です。
具体的にはこういう時は胃腸が弱っているので、胃腸薬の内服液と、栄養ゼリーと、パブロンの風邪の時に栄養補給で飲むドリンクを購入して飲みます。
このあたりは過去のイベントで実践して効果があった方法で、この他ブルベで駆け込んだ薬局の人に教えてもらった「そういう時は肝臓が弱っているので、ウコンや肝臓水解物のようなドリンクが効果があるよ」などの知識が役に立ちます。

投薬の効果があったのか、体力がみるみる回復していって元気も出てきたので、往路で取り漏れたメダルの確保のために、メインルートをそれて走ります。
まず因島の「立ち寄り必須CP(このブログを書くまで気がつきませんでしたが)」である、向島運動公園に行きます。
ここではこんなものが配られており、体力回復に大いに役立ちました。
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ここから下のコースに戻れば良いものの、いつもの悪い癖が出てきて「コース設定はないんだから何処を走ってもいいんだよね」という冒険心を抑えきれれず(笑)反対側の島の中心部・・・つまり山の上に向かって登り始めました。
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多少の峠がある位だろうと甘く見ていたらとんでもない話で、眼前にそびえる高い山の上に向かってどんどん登っていきます。
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気が付けば一番高い所を走っている「しまなみ海道」の自動車道のところまで登ってしまい、自動車道を横切ったら今度は凄い勾配の坂をどんどん下って行きます。
するとなんか見覚えのある地形に出たと思ったら、「因島」に行く因島大橋に登る連絡道の、それもほとんど終点地点のところにぶつかり、ある意味ラッキーでしたが、ここで余計な時間と体力を使ってしまいました。
因島は、下のコースか無味沿いのコースを走れば少しは楽なものの、ここも悪い癖がでで、因島の中央を縦断するコースを選んだのが運の尽きでした(笑)。
みるみる高度が上がって行き、長い上り坂が続いていくので、さすが息が切れてきます。
県道120号線の「大山トンネル」を超えます。
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トンネルを出るとえらい高い所に登っていて、周囲の島々が見渡せます。
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坂を下った麓に街があり、そこに目的地の「因島総合支所CP」に到着します。
ここでは栄養補給で反対側にあったコンビニで「チョコモナカジャンボ」を買って食べます。
アイスクリームは栄養価が高く、エネルギーの転換も早いので有効ですが、おなかが冷えるのでそこは腹具合との相談になります。

さてここを出て隣の「生口島(瀬戸田)」に行くために、またまた連絡路を登ります。
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一応標識では「AV3%」と書いてあるので、そんなに厳しい勾配の坂ではないようですが、何度も登らされるので徐々に脚を削られていきます。

生口島は時計回りで南側のルートを走りますが、ちょうど強い追い風になって快調に飛ばせます。
ほどなく海岸線沿いの「旧生口中学校CP」にたどり着きます。
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ここでは地元特産品の「レモン」を頂きます。
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なんというか、普段スーパーで買ってくる外国産に比べると、爽やか且つ風味が濃い味の美味しいレモンでした。
もしかしたらレモンが美味しいと感じたのは生まれては初めてかもしれません。

このあと「多々羅大橋」をわたって、このしまなみ海道では一番大きな島の「大三島」に渡りますが、ここは通過するだけで、次の「伯方島に渡ろうと急いでいたら」「ソラネコさん!」という声に呼び止められて、驚いて戻ってみると、なんと茨城県の筑波付近で活動されている「REST STATION RIDERS」、通称チームRSRのお馴染みの方々が参加していました。
まさか今回ばかりは正体がバレることはないと完全に油断しきっていましたから(笑)、驚いたのと、こんな偶然があるんだなぁと、縁の不思議さを感じました。

さて最後のメダルを取るために、伯方島ではコースを外れて「鎮守の森CP(旧北浦保育所)に向かいます。
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ここでは美味しいイチジクとかをいただいて、地元の方と談笑していましたが、参加者・・・もといスタッフとして走行されていた方が、なんと地元のサイクリング協会の理事長さんで、色々とお話をさせていただきました。

伯方島では、往路で食べられなかった「伯方の塩ソフトクリーム」にありつけました!
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ほんのり塩見が効いて、甘いだけでないふくよかな味わいが楽しめます。

さあ「伯方・大島大橋」をわたって、最期の大島に渡ります。
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ここはもはや島の中心を横切るしかなく、最後に結構アップダウンが続くコースになります。
ここで何度か後ろから抜かれたのですが、抜いていったご主人はどうも上り坂は得意ではないようで、すぐに追いついてしまいます。
自分は競争する気はないので「抜くのもなんだかかなー」と思いつつ、自分のペースが保てないので抜くと、次の下り坂で猛然と追い越し抜いていくということが続きました。
その抜き方も「隙を突いて脇をすり抜ける」というい危険な走行で、これは温厚で有名な(苦笑)僕でも流石に「カチン!」ときて、少しお仕置きしてあげることにしました。
最期の「来島海峡大橋」に登る坂では、後ろにぴたりと付いてプレッシャーを与え、途中でペースが落ちたところで、じりじりと軽々抜いて行くと、力尽きたのかどんどん後退して行きました。
こういうイベントで競争は厳禁で、しかも「無駄な虚栄心」や「イミのない競争心」をたぎらせるのは、迷惑以外何者でもないので、これに懲りて(懲りていないだろうなぁ)おとなしく楽しく走って欲しいものですね。

さあ、これで最後の海峡を渡ります。
四国の今治に戻ってきて、会場に無事ゴールしました。
今回のログです
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これで「公式」にしまなみ海峡を渡ったという証明ができますね。
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こんな粋なメダルもいただきました。
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普段はあまり目立ちたくなくてやらないのですが、お立ち台で記念撮影してもらいました。
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嬉しいというより、最悪のコンディションでも無事走れて乗り切れた事にほっとしたという感じです。

イベント終わって次の宿泊地に向かう途中にこんな綺麗な夕焼けを見ました。
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しかし、ロングドライブ、風邪、睡眠不足で、150Kmを一日中かけて走っても問題がないというのも、本当に我ながら歳の割には「タフ」だなぁ・・・と自画自賛していたら、先ほどの夕焼けの赤い色に誘われて、猛烈に眠くなってしまいました(笑)

ホテルに入り、近くの居酒屋でハイボールと焼き鳥で夕食をすまし、風呂に入ったあとは記憶がないほど爆睡してしまいました。
しまなみ海道のイベントはこれで終了ですが、四国での僕の旅はまだまだ続きます。
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聖地、大和ミュージアム見学 [イベント]

先週末は更新がありませんでしたが、実はしまなみ海道のイベントに遠征していました。
怜和の即位礼のおかげで事業所は4連休になり、溜まっていた有給を合体させてなんと11連休の「秋休み」をいただきました。

若い頃であれば一気呵成に広島まで行けましたが、流石に938kmもあるので、まず中間地点の滋賀県の大津に一泊します。
朝起きたら琵琶湖のほとりにある立派なホテルであることが判明しました(笑)
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朝食を取って早速出発です。
7:30ごろ大津を出て、新名神経由で山陽道に出て、まず広島県呉市に向かいます。
目的は「大和ミュージアム」で、呉市は現在も海上自衛隊の基地がありますが、昔からの「海軍の街」であり、大和もここにある当時の「呉海軍工廠」で建造されました。

港近くに有るニュージアム付近は車が渋滞していて、駐車場は近くのショッピングセンターの駐車場を使い、歩いてミュージアムを目指します。
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これは「海上自衛隊呉史料館」に設置されている退役しいた「ゆうしお型」潜水艦の「あきしお」で、
正真正銘の実物です。

資料館はおそらく8年ぶりくらいですが、どうも雰囲気というか来館してくる種類の人間が変わっているような気がします。
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おそらくその原因はこれでしょう。
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これはゲームの「艦隊コレクション」のキャラクターであり、ここも「萌え」系の情念が侵食しているようですね(苦笑)

気を取り直してミュージアムに向かいます。
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正面に当時世界最大の戦艦で、「ビックセブン」と呼ばれた世界の7大戦艦の一つの「陸奥」のスクリューと主砲の砲身が展示してあります。
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入館すると、1/10スケールの大和の模型がお出迎えです。
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この模型も当時「おそらく」この姿あったろうというもので、大和の最期の時の装備やカラーリングなどはっきりとはしていません。
大和に限らずですが、敗戦国だったこともあって、終戦と同時に貴重な資料は投棄されたり焼却されたこともあり、そこに日本人特有の「都合の悪いことは悪れて美化に走る」のロジックが、正確に物事を伝えていくことの障害になっている気はします。

また大和の最後も、そもそもいくら「生きて生き恥を晒すべからず」の軍人精神や、「敗戦や特攻の責任を押し付けた」などの諸説を聞いたりしますが、大和の「沖縄特攻」は腑に落ちないことが多すぎるような気がします。

さて見学も終えてあすのイベントの出発地点である、愛媛県今治市、つまり四国に向けて、久し振りにしまなみ海道を渡ります。
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いやこの風景は何度見ても素晴らしいですね。

このまま通過するのももったいないので「生口島」の瀬戸田PAで一休みして景観を楽しみます。
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さて明日は久しぶりの「しまなみ海道」を自転車で走りますが、果たしてどうなるでしょう?
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嵐過ぎ去るも、爪痕は [危機管理]

昨日の台風19号は、栃木県宇都宮市の自宅付近はさしたる被害もなく、22時ごろがら2時間ほど猛烈に荒れて、そのあとは静かになってしまいました。
ただ、TVを見ていると各地で河川の決壊が報道され、宇都宮市も3河川で「避難水位」を越えて溢れ出してしまい、宇都宮駅前の田川は、正確な記録ではありませんが、大東亜戦争以前より駅前に住んでいた母によると、「カスリーン台風」の時に田川の「宮の橋」に流れてきた家屋が橋にかかり、そのせいで濁流があふれて冠水した時、1947年9月以来と言いますから、なんと72年ぶりに中心部が冠水したことになります。

その後台風が通過した東北地方やその前の長野、三重、言うまでもなく関東地方で広く被害が及んだ今回の台風は、未曽有の被害となりましたが、おそらく世間的には「大げさ」と映った政府の対応が無ければ、人的被害は更に拡大したと自分は思います。
無論その対応が「万全」であったわけではありませんし、課題も多く散見されましたが、今後の方向性は見えてきたのではないかと思います。

さて、本日はまず「後かたつけ」をしなければいけません。
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6:00頃からゴソゴソと初めて1時間ほどで完了!疾風のように準備して、疾風のように撤収と、まるで月光仮面ですな(笑)

朝食をとって本日は那須烏山市にある親戚から預かっている屋敷の確認をしなければいけないので、通勤用のエクスカリバー8で出撃です。
しかし、台風一過という言葉通りの快晴の空です。
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鬼怒川を渡りますが、そういえば上流のほうのダムの緊急放流がありましたが・・・・
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川幅いっぱいに濁流が流れますが、これは数年前の関東東北豪雨以来の溢れぶりで・・・と、単純に雨量で言えば栃木県各地は、軒並み「観測史上最高」を記録しています。
前回の豪雨は、秋雨前線の「線状降水帯」で局地的に振り続けましたが、今回は広い面で大量に降っていますから、水量の総数はかなりの事になっているはずです。

勤務している事業所を越えて東に進むと、昨夜やはり「氾濫水位」を越えた「五行川」を越えます。
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もう少しで溢れる感じでしたね。

家屋のある「那須烏山」で、目の前に流れている「荒川」も凄いことになっています。
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ここは1998年8月にあった「那須水害」の時に、あちこちの堤防が決壊しましたが、今回も数か所決壊したという事です。

家屋は少し高いところに登った所にありますが、目の前に「JR烏山線」が通っています。
しかし、この時点ではまだ不通のはずなのに、周囲に踏み切りの警報器の音が鳴り響いています。
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丁度駆けつけたJRの職員の方によると、この地域で停電あり、復帰した時にバックアップシステムの関係で作動しっぱなしになるということで、リセットの作業をしていました。

家屋の無事を確認して帰路につきます。
河川の堤防沿いに走りますが、恐ろしいほど濁流が流れています。
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この後南下して市貝にある道の駅「サシバの里」に向かいます。
山間部の里山沿いの道を走りますが、山のあちこちから水があふれ出していて、途中の道路もこんなことになっています。
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山林や稲刈りが終わった田んぼには、かなりの水がまだ溜まっていますから、これらが時間差をもって
下流に集まると、河口付近は大変なことになります。

と、本当にこの地域の川は「那珂川水系」で那珂川に集まりますが、やはり下流の那珂湊町や水戸市で那珂川の堤防が決壊して大変なことになっているようです。
やはり前回の那須水害の時以来の洪水だと記憶しています。

サシバの里では「麺蔵」さんで何時ものラーメンをいただきます。
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うーん昨日から動かないで食べてばかりですから、僕のウェイトも緊急事態です(笑)。

お腹も膨れて帰路につきますが、鬼怒川は水量が減った様子もなく濁流が荒れ狂っていました。
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なんかこんな時に、のんきに自転車乗ってランチ食べてる場合ではないのですが、こうやって現場行っていろいろと見て、聞いて歩くのも自分にとっては貴重な活動になります。
とにかく今回の台風は色々と自分的には得るものがありました。
熱帯低気圧の発生から、通過までしっかりと各種情報や、啓蒙活動などができましたので、今後の活動に生かしていきたいと思います。

タグ:台風19号
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命を守るために勇気をだして行動を! [危機管理]

台風19号ですが、ここ栃木県でも雨風が強くなってきましたが、本体が来る前に豪雨や突風、竜巻などで既に被害が出ているはずです。
とにかく今回前例にない未曾有の規模と威力で関東地方に台風が来ているのですが、残念なことに悲しいほどに「正常バイアス」に囚われる方々が多く、何もしなくとも無事に明日の朝日を浴びること出来ると思っておられるようで、まあだんだん現実が近づいて来れば分かると思うのですが、分かってからでは「手遅れ」になるので、少なくとも明るいうちに避難所に自分の食料と日用品を持参して避難してほしいと思います。

さて本日は5:30から自宅の対策を行いました。
6:00頃ですが、流石に空模様が怪しい限りですがまだ雨も降っておらず、風もそんなに強くありませんでした。
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近所を見たり、話を聞いたりしましたが、警戒して準備を心掛けているのは全体の2割未満というところで、残りの8割は何時もの日常を迎えているようです(苦笑)
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こちらのお宅はガラス窓に対策を施しておられますね。

さて自宅ですが、年老いた母がなにやら昨日自分の部屋の窓がどうのこうのと騒いでいましたが、これが対策ですか?
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これではモノが激突してもガラスの飛散をまったく防げない、「やってはいけない対策」の見本となっています。
たぶん危機感はあっても「瞬間風速60m/s」が想像できないんですよ

ここはサンルームで、室内には影響はないので無視して(笑)庭に出ている飛びそうなものを屋内や物置に入れて・・・物置も怪しい限りなのですが、原付バイクなどはカバーをかけて壁面にハンガーと一緒に固めて纏めておきました。
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さて自分の車が一番肝心なのですが(笑)、去年も台風の時に「ラッピング」して近所の話題になっていいた(白い目で見られていた)のですが、今回はもう一段対策を進めます。
方針としては、とにかく修理代がかかる部分を重点的に保護して、多少の侵害は目をつぶります。
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最近の車はフロント側にいろいろとセンサーが多く、フロントスクリーンなども交換するととんでもない値段になるので、ガラス面に緩衝材を載せて、更にその上に毛布をかぶせます。
ついでに、台風の風は主に東と南が強いので、車は北側に向けておきます。

南側になるリアゲートのガラスには低反発のマットレスを張りその上に毛布をかぶせて、あとは「プチプチ」の緩衝材を全面に張ります。
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昨年よりやや雑な感じがしますが・・・

それは厚手のボディカバーをその上にかぶせるからです。
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そのカバーをラッピングテープでグルグル巻きにして飛ばないようにして完成です。
これでも先ほど千葉県で発生したように「突風」でダウンバーストや竜巻が起きれば「ハイ!それまーでーよ」ですが、多少の飛来物からは守ってくれるはずです。
とはいえ「暴風圏」に入って、瞬間最大風速「50~60m/s」の風が吹けばまったく自信はありません。

と、この処理が終わったらいきなり雨が強くなってきました。
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朝食をとりながら「チコちゃんに叱られる」を見ていましたが、昨日の放送も本日も、画面には台風の情報が外枠に出ていましたね。
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本日はこの後昼食をとって、風呂に入って午後は寝てしまい、夕方からの台風本体の襲来に備えようと思っています。
場合によっては近隣の救助活動などを行わなければならない想定の判断です。

どうか皆様も、自分と大切な人の命を最優先に、勇気をもって行動してもらい、無事に明日の朝日が望めるようにお祈りいたします。
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台風19号、「首相官邸(@kannti)さん」のツイートを聞きましょう! [危機管理]

もはや多くを語る気力もないほど、いろいろと呆れています。
とはいえ、防災士として、会社の防災担当として、出来る範囲で被害を最小限に抑えなくては、一人でも犠牲者を出さないように、最大限の努力をしなければなりません。

まあこんな田舎の自転車道楽親父の戯言など、何の権威も権限もないわけで、それでも耳を傾けてくれる社員や近所の人がいますから、頑張らなければなりませんね。

というわけで「権威のある」所からの情報です(苦笑)
内閣官房の危機管理室というところがありますが、そこがまとめた今回の防災情報が「総理官邸ツイッター」で紹介されています。
「首相官邸(@kannti)さん(https://twitter.com/i/moments/1181831862454378497)」のつぶやきですが、これがかなり良くまとめられていて、台風の危険性や時間的な経緯、どのようにすれば良いのかが
これを見ればわかるようになっています。

まあ立場から言えば、自分がまるで上から目線で「良くできている」はあり得ないんですが(笑)、まさか権威は間違いなくありますから、巷の政治家の戯言は信じられなくとも、この「@kannteiさん」のつぶやきは、信じてもらって、自分の命を守る行動を直ちに起こしてください!
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台風19号、この危機感をどう伝える、どうあるべきか [危機管理]

今、危機管理とか防災対応とかのむずかしさ、特に「如何に危機的な状況であるか」と解ってもらうかについての難しさを日々感じています。
今回の台風19号ですが、これが「想定通りなら」どれだけ甚大な被害が出てしまうのかは、気象の知識があり、過去の災害事例をちょっとでも調べれば、理解するのにそんなに時間も労力もかかりません。

で、その「危機的状況」を、「自分だけは災害に会わないという、根拠のない自信」を持って平穏に暮らしている、更に言えば「都合の悪いことには目をそらして平穏であると思い込みたい」人たちに、どのように展開していくのかが、非常に難しいことだということが、最近良く実感できるようになりました。

もし、そのような人たちが、本当に自分の身が危ないと解ってしまうと、理性に振る舞うことができず、恐怖に支配されて激情的行動・・・いわゆる「パニック」に陥ってしまうんです。
多分に昨日の気象庁の台風19号に関する記者会見は、そういう事を最大限に考慮に入れたうえで、極めて平静に、断定的な表現を避けて、あえて曖昧な内容に終始したという印象を受けました。
これは最大限好意的な見方をすればという事です(苦笑)
反対に否定的な見方をすれば、「もし予報が外れた時の責任を回避するために、核心に迫らなかった」という見方もできる事も一つの側面ではあります。

しかし、先に書きましたがある程度「解っている人達」、特にそれを伝えなければいけないマスコミの人たちは「だからどうなるかを明確に発表してほしい」という、困惑と焦りがマスコミからの質問から垣間見えるんですよ。
彼らは大げさに危機を煽るたんではなく、本当に危険であることをいち早く伝えて、迫りくる危険から逃げ延びてほしいと考えていたはずです。
これも思いっきり好意的な見方ではありますが(笑)

ただ、本当に多くの人たちの生命や財産を守るために、強い使命感があるのであれば、批判や責任を恐れず、たとえ「空振り」や「オオカミ少年」とののしられようと、「権威が有って信用があるしかるべき人物」が、「生命の危機が迫っていますので、厳重に警戒してください」という、警戒宣言を出すべきではないでしょうか。

それを「一介の公務員」である気象庁の予報間に丸投げするべきではないと自分は思います。
つまりもうこの期に至っては、政府が、総理大臣がしかるべき警戒宣言を出すべきです。
当然影響は大きく、かなりの経済的な損失も伴いますから、「ハズレ」となれば多大な批判を受けることは必至ですが、反面政府がそれだけの決意をもって「危機管理」を断行するという姿勢を示すことができれば、来年の「東京オリンピック」に多くの国々の方々が、安心して訪れることができるようになるのではないでしょうか?
タグ:台風19号
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